**個人ファイル

「このわしに相談なしに、そんなことしてたんかい。ほんまに、ええ加減にしてほしいな。ほんで、入ってくるのんは、どこのやっちゃ」

「外資系企業の日本フラッシュソーダ社にいた、伊奈木耕太郎という方です」

「ほう、またえらいところから採用するんやな。世界中で飲みもん売っているでっかい会社やないか。まさか、えらい金を積んで引き抜いてきたんやないやろうな」

「いいえ。この方は、1年くらい前に辞めていて、しばらくは仕事をされていなかったようです」

「なんや、プーやってたんかいな。何やってたんや、そこの会社で」

「人事部長をされていたそうです」

「ほう、人事か。あんたと一緒やな。なんや悪さをして辞めさせられたんかい」

「さあ、そのあたりの事情は存じません。社長がご自身で採用を決められたそうですから」

 添谷野令美は44歳。しきがわ入社前は、米国外資系企業の人事部に勤務していたが、1年ほど前に、ヘッドハンターからの誘いがあり、この株式会社しきがわに転職をした。

 しきがわの2代目社長が、自分のまわりを固める目的での人材探しだったが、単なるマネジャーだった添谷野にとって、まがりなりにも上場企業であるしきがわでの部長待遇での採用は、決して悪い話ではなかった。

「ほうかい。まあ、あんたよりは先輩なんやな。あんたもいろいろ、教えてもろうたらええがな」

「そうですね」と添谷野は、見るからにつくり笑いを見せた。

「社長は、組織図の細かいところは見んから、わしが全部見たるわ」

 阿久津は老眼鏡を出して組織図に顔を近づけ、時間をかけて一人ひとりの名前を指さしながら、あいつはどこにおる、どこにいったんやと、全部署の人材配置を細かく確認し、数名については、「こいつはこっちの奴と入れ換えといてくれ」と注文を加えた。

「だいたい、ええんちゃうか。こんなんなら」

 阿久津が、顔を上げて老眼鏡をはずそうとした時、添谷野は一人の社員の個人ファイルを出した。