中国のインフレ率は2006年はプラス1.5%(消費者物価指数前年比)だったが、今年八月にプラス6.5%へ上昇、9月はやや低下したもののプラス6.2%と高水準にあった。「低インフレ下の高成長」という従来の構図が崩れると、中国経済にとって厄介なことになる。
これに対して、中国人民銀行の周小川総裁は、11月6日に「今年末には明らかなインフレ緩和が見られると期待している」と語った(ロイター)。中国当局のなかでは人民銀行が最もインフレの先行きを懸念していたが、その総裁が警戒を解く発言をしている。その背景は以下のように推測できる。
今年に入ってからの中国のインフレ急上昇の最大の要因は食品価格の高騰にある。食品は世界的に値上がりが顕著となっているが、中国の場合はそれに「豚肉価格の爆騰」という特殊要因が加わった。じつは、豚肉は昨年、価格が下落していたため、養豚をやめたり減産する農家が相次いだ。そこへ疫病による供給減少もあって、需給関係が逆転したのである(8月の豚肉価格は前年比プラス77.6%)。
中国では豚肉はきわめて重要な食品だ。肉といえば豚肉を指す。牛肉や鶏肉では代替品になりにくい面がある。都市部の低所得層にとっては、豚肉価格の急騰は生計費を圧迫する。政情不安につながるリスクがあるため、政府でも一時は大騒ぎになり、幹部が養豚農家を視察する光景も見られた。問題は、豚肉を中心とする食品の高騰が、人びとのインフレ期待に火をつける恐れがあるか否かである。
最近のコアインフレ率はプラス1%前後なので、いまだその現象は起きていない。昨年のマネーサプライ(M2)は17~19%程度の伸びを示したが、それは消費者物価を構成する品目には向かわず、資産市場へ流れ込んでいた。
中国では自動車や家電製品は圧倒的な供給過剰にあり、価格下落が続いている。また、文系新卒者の3割は就職できないといわれており、サービス業において人手不足は発生していない。その構図はしばらく続きそうである。
一方、豚肉の生産量は今後増加する見通しである。9月のインフレ率が若干下がったこともあって、当局者のあいだで見られた警戒モードがここにきて和らいできたようである。とはいえ、マネーは溢れており、インフレ期待の動向には今後も注意が必要だろう。
なお、北京で比較的豊かな暮らしをしている中流以上の人に聞くと、「これまで農産物は安過ぎた。農民が可哀想だよ」との声も聞こえる。農産物価格の上昇は困窮する農家を助ける面もあり、問題は複雑である。 (東短リサーチ取締役 加藤 出)