真夏にもかかわらず
冷たかった薄煕来の掌

 約3年前の2010年8月、じっとしているだけで汗が滴れ落ちるような炎天下の中国重慶市で過ごした時間と空間を私は思い出している。

 眼の前にいる男の名は薄煕来。

 国務院副首相まで努めた薄一波を父に持つ太子党のなかの太子党だ。これまで大連市長、遼寧省書記、商務部部長(大臣クラス)とエリート街道を駆け上がり、2007年からは重慶市書記(中国では「書記」が「市長・省長」を凌駕する。北京大学や清華大学を含めた大学機関においても「書記」が実質のNo.1で、「学長」はNo.2である。共産党が政府や大学の上に乗っかり、支配している構造を物語っている)、そして中国共産党組織のトップ25を意味する政治局委員まで務めた。

 多くの部下を引き連れて部屋に入ってきた薄煕来書記の表情は、自信に満ちあふれていた。190センチはある長身、カリスマ性を彷彿させる風貌、目力はこれまで私が会ったことのあるどの政治家よりも強く、殺気すら感じさせるほどであった。右手で握手をしながら、私は遼寧省で薄氏の下で働いたことのある知人の言葉を思い出した。

「薄書記は決定事項を高圧的に伝えるだけだった。我々が意見するものならあの目で睨みつけられる。利害関係が相反するものなら確実に左遷させる。とにかく威圧感のある人で、ノーは唱えられなかった。本人が会議の招集や面会の必要性を感じれば、夜中の2時でも携帯電話に電話がかかってきた。こちらの事情を聴く耳は持っていなかった」

 私の両眼に入り込んでくるほどの迫力だった。顔は笑っているが、目は笑っていなかった。

「加藤さん、重慶のことを悪く言って、私の足を引っ張るものなら容赦はしないぞ」

 そう言われているようでドキッとした。薄氏の掌は乾いていて、冷たかった。