上海市では以前、(B)についてのみ経済補償の基礎となる勤務年数に加算するが(経済補償=(X1+X2)×Y)、X2年に相応する経済補償に関して中国の子会社は国有企業に対して求償することができるとする地方法令がありました。これであれば、国有企業が現存し、かつ、相応の資産状況にある限り、合弁会社は従業員との関係でX2年に相応する経済補償を一時的に立て替え払いすることになるものの、求償権を適正に行使することで不合理な経済負担を回避することができます。
しかし、現在では上海市の地方法令は廃止されてしまいました。それに、そもそも全国レベルでは上海市の地方法令に相当するものは見当たりませんから、(X1+X2+X3+X4)×Y型の経済補償が強制される場面において、中国の子会社は自社に対して貢献のないX2、X3、X4の勤務年数に相当する経済補償を負担させられます。しかも、それを誰にも求償すらできないという結果になります。これは、国有企業との合弁会社形式しか認可されにくかった1990年代までに設立された中国の子会社の撤退を考える場合、メガトン級のリスクです。
なお、このような労務リスクを知ると、日本企業は「中国の子会社の出資持分を第三者に譲渡して、従業員ごと引き取ってもらえば、経済補償負担リスクは回避できるのではないか」と考えるかもしれません。しかし当然のことながら、こうした“ババ抜き型”経済補償の労務リスクが中国全土で認識されるにつれて、出資持分譲渡型撤退を行おうとする場合、相手方である第三者は「従業員に関する経済保障を、事前に譲渡者サイドで全額支払い、訴求型勤務年数リスクをゼロにしておくこと」を要求してくるでしょう。私が相手方のアドバイザーであれば、そう要求します。
これを拒否すると、結局、出資持分譲渡型撤退はできず、清算型撤退に移行せざるを得なくなるか、または出資持分譲渡型撤退ができるとしても、考えられ得る最大の遡及型経済保障の予想が区分だけ出資持分譲渡の対価を値引きするよう要求されたり、場合によっては当該予想額を「出資持分引き取り料」として第三者に支払うよう要求される可能性すらあるでしょう。したがって、出資持分譲渡型撤退により、問題の回避ができると考えるのは早計です。