「この部署では、経営の中枢に集まる重要な機密情報を知り得る環境にあります。しかし、そのことを秘書が口外するようなことがあっては決してなりません。一度でもそのような軽はずみな言動があれば、その時点でこの部署にはいられなくなると思ってください」
私が秘書課にきて、最初に上司から指導された内容だ。
「それから、トップの側近である秘書に対しても、ボスに対してと同じように、非常に丁重な対応をしてくださる方が大勢います。しかし、それは会社のトップに対する対応であって、秘書に対するものではありません。自分が偉くなったなどと勘違いしないようにしてください。虎の威を借る狐になることのないよう気をつけてください」
「はっ、はい」
と私は緊張して答えた。そして上司はこうつけ加えた。
「だからといって秘書は滅私奉公ではありません。会社のトップの経営業務、ひいては会社の発展に貢献していくのだという気概をもちつつ、このことを肝に銘じて分をわきまえて行動してください」
「はい。かしこまりました」
上司のこの言葉を聞いて、身が引き締まるような思いがした。そのとき背筋がゾクッとしたことを今でもよく覚えている。
機密事項を平気で
口外する上司たち
あれから10年近くが経ち、上司の言葉の意味をしみじみとかみしめる。
上司が必ず新米秘書たちにこういった話を繰り返ししてきたのも、偉い人の近くにいると、とかく人は勘違いしやすいからなのだ、ということを理解した。
知り得た情報を得意になって話したがる口の軽い人がいかに多いことか。また、自分がエライと勘違いして、得意になってしまう人がいかに多いことか。それは残念ながら、それなりに立派なオジサマたちも決して例外ではないのだと知ることとなる。
我がボスが信頼し、さまざまなことを相談してきたQ顧問。その日もボスは相談した。
「近いうちに組織改正をしようと考えています。今のJ取締役は仕事の進め方も緻密で指示どおり忠実に実行してくれますが、保守的で新しい戦略は生まれてきません。多少利益は減らしても新事業に投資し、将来の種まきに力を入れたいのです。J取締役を替えてS取締役に経営戦略部門を任せようと考えているのです」
とボス。
「ああ、それはよろしいんじゃないですか。彼ならやってくれるでしょう」
そんな話をした数日後、私は現経営戦略の部門長であるJ取締役に呼ばれた。
「この前、A社の役員と会ったときに突然こんなことを言われたよ。『S社長とあまりうまくいっていないから、近いうちにS取締役と取り替えられるってウワサがありますよ。大丈夫ですか』って」
「え?……そうですか。私は何も聞いておりませんが。A社の方がなぜそんなことをおっしゃるのですか」