男友達の出現に半狂乱で押しかけてきた

 そんなM美さんに、初めてボーイフレンドと呼べる存在ができた。

 学校帰りにお茶をする程度の関係だったが、そんな時間が何より心安らぐ大切な時間であった。

 M美さんは化粧をするようになった。白、黒、紺といった地味な色の服ばかりのクローゼットに、パステルカラーの服が混じるようにもなった。

 そんな変化を母が見逃すわけがない。隠しておいた化粧品を見つけられ、電話で追及された。

「まさか、男でもできたんじゃないでしょうね?」

 母の言葉に、M美さんは思わず、「彼とはそういう関係じゃない」と口走ってしまった。それを聞いた母は激怒して、実家から飛んできた。

「一流の音楽家にするためにこれだけお金も時間もかけてきたのに、大切な今のこの時期に男の子と遊んでいたりしたら、何のための苦労だったかわからない。学生の間は絶対だめだと、朝までまくしたてられました」

 別れなければ実家に戻れ、と脅され、わかったと言うしかなかった。そしてM美さんはまた、しばらく止んでいた飲酒に逃げる生活に戻ってしまう。

 以来、母親のチェックはより厳しくなり、クローゼットを物色し、「露出度が高すぎる」とノースリーブや胸の開いた服を捨ててしまうこともあった。

母の期待にそえない自分を責め続ける

 気力を失ったM美さんが「一流のピアニスト」になるのが無理なのは、母親の目から見ても明らかだった。

 母親はM美さんの大学の恩師にも面会を求め、エリート音楽家の道を確保しようと粘ったようだが、肝心のM美さんのエンジンが止まってしまったのだから仕方がない。

「あのお母様じゃあなたも大変ね」と恩師にも同情された。

 母親には嫌味や恨み言をさんざん聞かされたが、大学も体調不良で休みがちのM美さんには、もはや自分の将来を切り開く力は残っていなかった。

 卒業間際に、やっとのことで音楽教室のピアノ講師の職を手にし、細々と暮らせる当てはできた。当然、母親からは反対され、「実家に戻れ」と再三電話がかかってきた。

 しかし、M美さんは実家に戻ることを拒否し、一人で暮らし続けて今に至る。緊張するとお酒を手にしたくなる癖は、相変わらず続いている。

「私は、自分の人生を生きたいと思いながらも、母が望まない生き方をする私をどこかで許せないというか、母をひどく傷つけて裏切っているようで、何をしても気分が晴れないんです」

 M美さんは母親と距離を取ろうとする自分と、そのことに罪悪感を感じる自分との葛藤にさいなまれていた。