カオスパイロットのユニークな儀式

 今年の6月、カオスパイロットが新しい校舎に引っ越しをすることになりました。20年以上使ったこれまでの校舎は、遊び心のある暖かい家のような場所でたくさんの思い出と歴史の詰まった空間でした。一方で新しく移る校舎は、プロフェッショナルでビジネスライクな空間です。がらりと校舎の雰囲気が変わるので、環境の変化がもたらす様々な影響に懸念する声が在学生から挙がりました。

 複雑な心境にあった私たちを救ってくれたのは、2人のデンマーク人のチームメイトが中心になってデザインしてくれた儀式です。スタッフのサポートを得ながらデザインしてくれたその儀式は遊び心にあふれたものでした。

 まずドレスコードの真っ白な服を着た参加者を待っていたのは、引っ越しを祝うシャンパンでもパーティーでもなく不思議な“タスク”です。最初に参加者一人一人に与えられたのは、一枚の紙とペン。「古い校舎に置き去りにしたいものは何ですか?」という問いの答えを書いたものを、その場に設置された壷に入れます。

 それが終わると今度は、新しい校舎に移ってもキープしたい思い出やスピリットを4つのポイント(音、匂い、雰囲気、秘密事や思い出のあるストーリー)から集めて形にします。こんな儀式は経験したことがないので、最初は戸惑いましたが、音や匂いを集めるにも、それを手伝ってくれる不思議な格好をしたヘルパーがいるので、おとぎ話の主人公になった感覚で楽しくなってきます。

photo:Anne Kjaer Riechert

 皆が思い出として残しておきたいものに同じものはなく、十人十色の思い出がユニークな形になり浮かび上がります。目に見えない思いやスピリットを形にしたら、今度はそれをヘルパー達がそれぞれの形式でまとめて、神秘的な雰囲気に包まれた講堂に持っていきます。

 参加者が見つめる中、講堂の中に設置された手作りの木製のマシーンに集めた“思い”が注ぎ込まれます。マシーンのハンドルをまわすとそこから様々な思い出が集約された水晶のような石がでてきます。

 今度はそれを校長が持って先頭に立ち、皆をリードしながら新しい校舎に移動します。皆、頭には儀式が始まるときに渡された、古い校舎と新しい校舎が示された地図がプリントされた三角の帽子を被っています。不思議な格好で移動しているので、町の人も一体何が起きているのかと不思議そうに私たちを見つめています。

 儀式に参加している人々も、引っ越しを大げさに捉えている自分に気付き“これって可笑しいよね”と言いながら、笑い合います。新しい校舎に到着すると光が降り注ぐ新しい講堂で、校長がスピーチを行い皆の集約された思いとスピリットは新しい校舎に移されたことを告げます。大喝采がおきました。

photo:Anne Kjaer Riechert

 過去を振り返り、思いを言葉にして形にする。それが周りの人にも認識される。大げさにそのプロセスを一つ一つ捉えたクリエイティブな儀式で、引っ越しへの不安が笑いに変わり、誰もがすっきりとした表情でこれから新しい思い出を作る場所を迎えることができました。

 この儀式をデザインした一人で、同じチームで仲の良い友人でもあるシグリッドにインタビューをしました。「儀式を作るなら、チャーミングで気楽で遊び心があるようなものにしなければいけないと思った。新しい校舎は港にポツンと立つ黒いガラス張りの建物。それをSF作品『2001年宇宙の旅』シリーズに登場するモノリスに例えて、それを見つけた人類が進化していくストーリーを儀式をデザインするときに考えた。引っ越しをネガティブに捉えるのではなく、またポジティブに捉えるのでもなく、これを“機会”として受け入れて、そこに人を招き入れるようにしたかった」

 ハーバード大学で人気の講義を教える、タル・ベン・シャハー氏も著書の「Happier」で、幸せになるためには、経験を経験として感じるための許しを自分に与えることが必要で、理解しようとしたり解決したりすることではなく感情をそのまま受け入れることの重要性を説いています。

 個人の思いを評価するのではなく、ありのままに見つめて振り返る場と対話の機会をつくれば、皆が納得のいく結果を導くことができます。そのプロセスをクリエイティブな儀式に仕上げることで、ストレスフルな変化を受け入れ、いつまでも心の中に残る思い出を作ることができるのです。