幸福を感じているときは心身共に健康──だが、幸せの「質」の違いが遺伝子レベルで免疫系に影響するらしい。米科学アカデミーの機関誌に掲載された調査研究から。

 同研究は、長年ヒトの感情とゲノムとの関連を調べてきた米ノースカロライナ大学の研究者らによるもの。80人(35~64歳)の男女に協力してもらい、専門の質問表で「hedonic(自己の欲に基づく快楽的幸福)」と「eudaimonic(より深い認知や人生の意味と関わる幸福)」を感じている度合いを査定。回答後、被験者の身体検査と生活習慣、既往歴などを調べ、血液を採取した。

 ちなみに質問表は「最近、幸せや満足感を感じていますか」「人生に目的や意味を見いだしていますか」「社会へ何らかの貢献を行っていますか」などが並び、回答者は「全くない」「時々は」など頻度を答える形式になっている。

 次に被験者の血液サンプルから、ゲノムの発現状況を確認し「幸福プロファイル」との関連を調べた。その結果、「意味のある幸福」を感じている人は、免疫系において細菌や異物を殺傷する炎症反応関連の遺伝子量が減少。その一方で抗ウイルス反応に関連する遺伝子量が増加していることが判明した。

 一方、「快楽的幸福」が優位な場合は逆の遺伝子発現を示した。細菌感染の脅威が桁違いだった時代なら、「炎症反応優位」の遺伝子発現は有益だったろう。しかし今や、慢性的な炎症は動脈硬化やアルツハイマー病を引き起こすことが知られている。欲求の赴くまま快楽を追求すると、ゲノムレベルで病を引き寄せてしまうのだ。

 同グループのこれまでの研究からは、ストレスや脅威などネガティブな心理状況に長期間曝されても「炎症反応優位」な遺伝子発現が生じることがわかっている。おそらく、恐怖や快楽など原始的な生存欲求に基づく感情は、個体をダイレクトに守るゲノム変異につながりやすいのだろう。

 ならば「意味のある幸福」は現代人の何を守るためにゲノムに変異を起こすのだろうか。個人の健康? 共同社会? 秋の夜長に考えるには最適なテーマである。

(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)

週刊ダイヤモンド