アフリカ・タンザニアで防虫蚊帳のビジネスを立ち上げ、マラリア予防や現地経済の活性化に貢献した水野達男氏。前後編を踏まえ、その戦略的特性につき、グロービス経営大学院教員の荒木博行が先端学説なども引きながら解説する。――孤高さすら感じさせるユニークネスと、多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン。一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る新連載、第1回・解説編。

アフリカに蚊帳を届ける(前編)を読む
アフリカに蚊帳を届ける(後編)を読む

 さて、前編後編と続いた水野達男氏のストーリーだったが、皆さんはここまでの水野氏の半生を聞き、どのように感じられただろうか? 様々な人生訓が詰まったストーリーだったと思うが、ここでは連載タイトルでもある「バリュークリエイターたちの戦略論」、つまり、新たな価値を創造するためのリーダーとして、どのような戦略思考や行動が必要なのか、という観点から振り返ってみたい。

 そもそもアフリカにおける住友化学の防虫蚊帳「オリセット(R)ネット」事業が黒字化する転換点となったのは規模の経済や経験曲線が効く分岐点まで採算性を度外視しても、「とにかくモノを届けるんだ」という発想だったというポイントについては前編に触れたとおりだ。それに加え、アフリカでのビジネスという特異性を踏まえ、今回のストーリーから深堀したいキーワードは、「土着化」である。

「土着化」なきBOPビジネスの危険性

 アフリカやアジア諸国にあるBOP(Base Of Pyramid:社会の貧困層)ビジネスにおいて、大事なキーワードの一つに「土着化」(=becoming indigenous)というものがある。この言葉は、スチュワート・ハートによる『未来をつくる資本主義――世界の難問をビジネスは解決できるか』(原題:"Capitalism at the Crossroads")において2005年に提唱された概念であるが、現場の末端の生活者とコミュニケーションを重ね、その土地固有のコミュニティや環境、資源、ライフスタイルといった文脈を理解・共感することにより、その土地々々の生活者としての視点を得ることを含意している。

 このキーワードは、BOPビジネスが過熱した際、現地の生活に対する理解が不十分のまま、大手企業のマインドセットに基づき価格だけに注力した商品を数多く輸出した先進国企業への反証でもあった。同書では、以下のような文章を通じて、既存のBOPの概念に対する危険性を警告している。