アフリカ・タンザニアで防虫蚊帳を作り、売る日々。思うように成果が上がらず足掻き、孤軍奮闘を続けた結果、医者からくだされた診断は鬱病だった――。孤高さすら感じさせるユニークネスと、多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン。一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る新連載、第1回。(企画構成:荒木博行、文:治部れんげ)
新連載開始に寄せて
世の中には素晴らしい戦略が存在する。
一見当たり前のように思えるが、実はそれが外部環境や組織内部に対する深い洞察に基づき立案され、競合がいくら真似をしたくても出来ない、という類いのものだ。
そのような戦略はどのようにして生まれたのだろうか?
もちろん、組織全体で組み立てた戦略もあるだろう。
しかし、究極的には、その戦略を解きほぐしていくと、そこには必ず1人のリーダーの存在がある。
とあるリーダーの思いや思考が起点になり、そして、組織がそのアイディアに対して化学反応を起こし、結果的には1つの戦略となっていく。
そのリーダーは必ずしもCEOなどのトップである必要はない。
ミドルという立場の人間が作った戦略をトップが承認する、後ろ支えする、ということもある。
大事なことは、その立場が何か、というよりも、その基点となったリーダーがどういう人物であるか、ということだ。
では、そのリーダーに求められる要素とは何だろうか?
我々には1つの仮説がある。
その要素のひとつとして、まずは個人の「ユニークさ」が際立っている、ということだ。
組織や世間の流れに同調するのではなく、また、周囲の論調から無理矢理違いを出そうとするものでもない。素直に自分の視界で世の中を捉え、自分の頭でユニークに発想できる力である。
しかし、同時に一方で、組織を動かす力を兼ね備えていなくてはならない。
これが2つ目の要素だ。
個人のユニークな発想を絵に描いた餅にしないために、上司や外部の関係者、そして組織の構成メンバーという多くの立場の人間に共感、共鳴を呼び、巻き込んでいく力が求められる。
この「個性的であり、ユニークである」ことと、「多くの関係者に共感、共鳴を生む」という、一見すると相矛盾する要素を兼ね備えたリーダーこそが、新たなバリューを生み出し、競争環境を勝ち抜く戦略を立案できるのではないかと考える。
我々は、このような特徴を兼ね備えたリーダーを「バリュークリエイター」と呼び、彼、彼女たちが立案してきた素晴らしい戦略の内側のストーリーを紐解いていく。
当然、その戦略は一朝一夕に出来たものではない。その当事者の長いキャリアヒストリーにその原点、すなわち、戦略のタネが存在する。したがって、我々は、その戦略のみならず、その人物の原点までさかのぼってストーリーを追いかけていく。
そして、そのストーリーから、我々が戦略立案という観点から学び取れるものは何か?今後、現場で使えるような示唆は何だろうか?ということを深めていきたい。
第1回として登場いただくのは、住友化学の事業部長として、アフリカ・タンザニアで防虫蚊帳を製造・販売、マラリア予防や現地経済の活性化に貢献した水野達男氏だ。困難なアフリカでのビジネスを成功に導いた底流には、いかなる想い、そして戦略があったのか。まずは水野氏のストーリーを前編、後編の2回に分け掲載し、続けてそのストーリーから読み取れる戦略について解説編としてお届けする。(荒木博行・グロービス経営大学院教員)