世間には人が休んでいる間に働かなくてはいけない職業がある。その1つが、エスカレーター清掃である。

「じつは、つい最近までエスカレーター清掃の専門業者って存在してなかったんです」

 イーメックス社長の熱田典彦さん(44歳)が語る。

「保守・点検とは違うんですか?」

「あれは別業者。掃除はしません」

「よく、おばちゃんが雑巾で手すりを拭いていますよね、あれも掃除では?」

「いやいや、あんなもんじゃ落ちませんから」

国内のエスカレーター数は6万8000台
意外な未開拓市場だったはずだが…

 言われてみれば、そうかもしれない。階段の埃は気にしても、エスカレーターの埃を気にしたことは、これまであまりなかったような気もする。

「だいたいどこの商業施設でも、一番汚れているのは地下から3階くらいまで。人通りが多いこともありますが、外から持ち込んだゴミや埃が落ちてステップの溝に入り込む。それと機械油が混ざってこびり付くんです」

 当然のことながら、そこに靴裏の泥汚れもまじる。

「だから、食品売場とか地下にありますけど、清掃に入るとけっこうびっくりしますよ」

「つまり、需要はけっこうあるわけですか?」

「あるけど、予算がない。これまで掃除しなくても済んできたので、その分の予算を確保してもらうまでが大変なんです」

 考えてみたら、こんな未開拓市場もないような気がしてきた。エスカレーター清掃、じつは意外な成長分野なのか?

 という訳で、日本エレベーター協会のホームページで改めてその台数を調べてみた。国内にあるエスカレーターの数は1970年頃から急速に増え、2013年3月現在、稼働しているのは約6万8000台(動く歩道含む)である。むろん、日本のみならず、中国などの新興国でもエスカレーターは増える一方。

「これはいける!」

 と、熱田さんも思ったらしい。そこで、仲間とエスカレーター清掃専門の会社をおこしたのは2010年のこと。国内だけで、市場規模はざっと230億円と見積もっていた。

 が、しかし、だ。その矢先にあの巨大な東日本大震災が起きた。

「それで、掃除に回るはずのお金が全部、震災対策に……」

 まとまりかけていた大口の案件もオジャン。世の中、そうそう皮算用通りにはいかないものである。