前にも述べたが、まだまだ「私には課長ができます」「長年、課長をしてきました」などと言う人がいる。そういう人は、厳しい言い方かもしれないが、会社に必要なリーダーどころか、自分の人生のリーダーにもなっていない。他人の要求する人生を生きるフォロワーに過ぎない。その程度の人材に、部下や同僚が付き従うはずはない。まずは自分のキャリアのオーナーになって、自分の人生に対してリーダーシップを発揮していただきたいと切に思う。

 そうした転換は、何歳になっても遅いということはない。

与えられた仕事をするだけでは幸せになれない

 そこで私が提唱したいのが、「社会人材」という考え方だ。社会人材とは、自らの能力を明確に認知したうえで、どこであっても自分の能力を発揮し社会に有為な価値を生み出すことのできる、企業などの組織から精神的に自立した人間を指す。

 なかでも重要なのは組織からの精神的な自立だ。すぐに会社を辞めて独立しろと言っているのではない。組織に従属的に生きるのではなく、自らの意志で組織に留まっているなら、たとえ組織人であり続けていても、精神的自立が図られているという意味において、私の考える社会人材である。

 先の話のように、自分の人生を真正面から考え始めると、自分と会社の関係を客観的に見つめざるを得なくなる。会社にとっての自分の価値ではなく、自分にとっての会社の価値を考えざるを得なくなるはずだ。社会の中の会社、そして社会の中の自分を意識するようになるはずだ。

 人間は、何らかの形で社会と関わり、社会に対して価値を生んでこそ、生き甲斐を感じられる。このことを通じて初めて幸せな人生を送ることができると思う。しかも、自分が生んだ価値を享受する人がいて、その人たちも少しだけ幸せになれる。自分も幸せになって、周りも幸せになれば、世の中の幸せの総量が少しアップすることになる。それを感じられれば本当に幸せだとは思わないだろうか。

 そして、本来社会というものは、すべての人にそうなることを求めているのだと私は信じている。

 多くの人は、会社などの組織から与えられた仕事を行うのが自分の人生だと誤解している。会社から与えられた仕事をこなすことで、積極的に自らの社会貢献を実感できるなら、それはそれでいいだろう。そこまで、組織と自分の一体化が図られているなら、何も言うことはない。自分は歯車であっても、その組織の目標が正しく、社会に立派な価値を提供していれば、その仕事を通じて世の中が少し幸せになると体感的に理解しているなら、問題はない。