たとえば当時、何よりも絵を描くことが好きだった。男の子だけど、料理が好きだった。時計を分解しては組み立てていた。とにかく人の悩みを聞くのが好きだった……などは、高校や大学受験、あるいは就職に際しては、ほとんど顧みられることはない。それでいつしかそれに時間を費やすことを止めてしまう。その上で、二番目か三番目に好きなこと、皆によくできると言われたこと。実は好きでも何でもないけど、潰しが利きそうなものを身につけて、磨いていくことになる。

 その封印を解くためには、好きで没頭していたことを思い出すほうがいい。必ずしも人よりうまくできたり、褒められたりしたことに限る必要はない。まさに、“好きこそものの上手なれ”だ。人より点数が高かったとか、人より明らかにうまかったということばかりに目を向けるのではなく、好きだったことに目を向ける。それが得意でもあったらなおいい。それは間違いなく、原点Canと言えよう。

子どもの頃のCan×大人になってからのCan
2つの掛け算で幸せな人生になる

 私のことを少し話させてもらいたい。私は、小さなころからしゃべることが好きだった。テレビのアナウンサーのマネをしてみたり、発生練習のようなことまでしていた。テープレコーダーを買ってもらったのをきっかけにして、友人の1人とディスクジョッキーの真似事を始めた。月曜日に録音したテープを同級生に配り、回し聞きしてもらう。それで土曜日までにリクエスト曲を書いてもらい、回収。土曜の夜にエアチェックして、リクエスト曲を録音し、日曜日にDJ番組を録音して、また月曜日に回す。

 高校に入ると放送部に入り、大学ではテレビ局でバイトを始めた。放送局の雰囲気が大好きだった。就職に際しては、実はそのテレビ局から誘われもした。そのままテレビ局に入っていれば(実際に入れたかどうかはわからないが)、アナウンサーになって、しゃべることを職業にする道もあったかもしれない。

 しかし、当時の私にしゃべりを職業にする気はなかった。しゃべることはただ好きなだけで、それを生業にするというのは、あまり恰好のいいことだとは思えなかった。仕事にすべきことは、学術的に鍛え上げられたものでなければいけないと思った。

 しゃべることのほかに、探究心が強く、小学生の頃から科学実験が大好きだった。粘土細工でできるだけ精巧に人体モデルを作ってみたり、限られた材料でホバークラフトの製作に打ち込んだり、物事の原理原則を考えて、それを再現するのが好きだった。