先進国の多くが本格的な高齢化社会を迎えるなか、企業にとっても高齢者の労働力をいかに活用するかが、いよいよ重要なテーマとなってきた。そんななか、米国に、80代、90代の高齢者を積極的に雇用しながら、高い生産性を維持し、成長を続けているユニークな会社がある。スレンレス製のニードルやチューブなど特殊部品を製造するヴァイタニードル社(マサチューセッツ州ニードハム)がそれだ。なんと従業員48人の約半数が65歳以上の高齢者で、中間年齢は74歳だという。
最高齢者のローサ・フィネガンさん(99歳)は、「この職場がなかったら、ここまで長生きできたかどうかわからない。ここに来れば多くの高齢者に会えていろいろな話ができ、愚痴なども聞いてもらえる。最近は目と足が少し悪くなったが、それでも会社は私にできる仕事を用意してくれる。私を必要としてくれる限り、100歳を過ぎても働き続けたい」と話す。
「体力や視力が低下して病気がちな高齢者を多く雇うのはリスクが高く、生産的でない」との指摘もあるが、少なくともこの会社はそれが正しくないことを証明している。同社は高齢者が柔軟かつ快適に働ける職場環境を提供することで従業員の士気や生産性を高め、2000年から2010年にかけて売上げを約3倍に伸ばした。
定年制のない職場で、高齢労働者たちは会社に必要とされ、同僚に頼りにされながら、ゆったりと自分のペースで生き甲斐をもって働いている。そんな同社の経営スタイルはニューヨーク・タイムズ、CBS、NBCなど米主要メディアでも次々に取り上げられた。
日本は世界のどの国よりも早く、5人に1人が65歳以上という超高齢化社会を迎えた。高齢労働者を積極的に活用することが強く求められているが、日本企業がこの会社の経験から学べる事は少なくないように思う。
人類学者のケイトリン・リンチ博士は「定年後の人生の意味と目的、アイデンティティの確立」などをテーマにした本の執筆のため、2006年から4年の歳月をかけて、ヴァイタニードル社の従業員やマネジャーそして社長へのインタビュー、自身の工場での就労体験などを含め、同社のビジネスの成功の秘訣や高齢労働者の潜在能力と生き甲斐などについて研究調査を行った。そのリンチ博士に話しを聞いた。(聞き手/ジャーナリスト 矢部武)
――あなたは実際にヴァイタニードル社の工場で働いてみたわけだが、そこで何を学んだか。
それは2008年の夏で、私が40歳の時だった。自分の親、祖父母ぐらいの年齢の人たちに囲まれて働くのはすばらしい経験だった。彼らはお互いに信頼し、助け合い、感謝しながらいっしょに働いている。モノを作る作業では前工程の人がきちんと仕事をしないと、その次の人も良い仕事ができない。だから、お互いに良い仕事をしたことに「サンキュー」と感謝の気持ちを声に出しながら、作業を進めているのだ。
老人ホームやシニアセンターなどでゲームをしている高齢者の間でも友好的な雰囲気はあるが、それとはまったく異なる。同社の高齢者たちはみんなで会社のビジネスを助け、それを通して社会に貢献していることを実感し、自分たちは大切な存在であるということを確認し合っているのだ。