放送局の下請けと言われる制作プロダクションから、局の資本が入る大手番組制作会社に正社員として入社するケースは、ごく稀である。筆者が取材などを通して知る限り、この二十数年で十数件しかない。

 三笠は、その意味では“精鋭”だった。「奇跡的に試験に受かった」と振り返るが、今なお入社できたことを誇りに思っている。

「以前のプロダクションの年収は、280万円にも達しない。現在の制作会社では、1年目で600万円を超えた。プロダクションのとき、生活費の補填としてカードローンで借りた60万円ほども全額返済することができた。家賃が15万円ほどの賃貸マンションに引っ越すこともできた」

“隠れ番長”に目を付けられた
「エース候補」のディレクター

 しかし、大手番組制作会社に入った数日後から、同じ部署の内田義昭(仮名)という30代後半の男性ディレクターからいじめ抜かれ、現在に至る。

 内田は、ディレクターが30人ほどいる番組制作部の“隠れ番長”と陰口をたたかれる存在である。仕切り屋で、30代前半までくらいの後輩たちを押さえつけないと気が済まないらしい。

 内田が三笠を目の敵にするのは、三笠が入社する前からだった。中途採用試験の面接を担当した番組制作部の部長が、こんなことを口にしていた。

「今度入ってくる三笠という男は、プロダクションで叩き上げられ、力をつけた。頼もしい奴で、いずれこの部署のエースになる」

 この言葉が内田を刺激した。その頃から、他のディレクターらに「今度入ってくる奴になめられるな」などと、“潰しの号令”をかけ始めたという。

 40代後半の部長は、親会社である放送局からの出向だった。自分がいる数年間で、何らかの実績を残したいと考えていた。その1つが、三笠を受け入れたことだった。当時、30人ほどのディレターの平均年齢は20代後半。その大半は、ここ7~8年の間に新卒として入社してきた。いわゆるプロパーである。