なぜ、東大生は無口なのか

 実を言うと、アメリカから帰国して初めて東大で教壇に立った時、私はショックを受けました。

 学生たちに覇気がなく、その目は死んでいるようだったからです。私があれこれ質問をぶつけても、隣の人を見るばかりで自分から口を開こうとしない。思わず「私は君に話しかけてるんだぞ!」と言ってしまったほどです。

 これではいけない。東大生に口を開かせるにはどうすればいいか。

 考えたあげく、学生全員の名前をカードに書き、シャッフルして抜き出たカードで回答者を指名していくことにしました。発言することに対する心理的バリアをなくすために、最初は「今日は何日?」「今日の天気は?」といった質問を投げかける。やがて環境問題に入り、「水俣病とは何だと思う?」と問いかけていきます。

 ただし、一つだけルールがあります。「以下同文」はダメ。

 前に出た発言と同じ発言をするのは禁止したのです。実は、これがなかなか難しい。最初の数人までは即答できても、10人を超えたあたりでみんな、音を挙げはじめます。こういうことを繰り返して、ようやく東大生をしゃべらせることができたのです。

 考えてみれば、東大生が口を開こうとしないのは不思議なことでも何でもありません。東大に合格するくらいだから、みんな小学生の頃から勉強はできたはず。ところが、日本の学校では、勉強のできる子ほど親や先生から「おまえは(授業の内容を)わかっているんだから、黙っていなさい」と言われますし、クラスメイトからは「ガリ勉、ガリ勉」と揶揄される。となると、黙っていることが一番賢い選択になるわけです。

 だから日本では、頭のいい人ほどしゃべらず、それが社会全体として大きな損失になっているのです。