鋸南町にある事務所を出発し、南房総市へと向かいます。物件のある場所は、市町村合併前は「三芳村」と言われていたとのこと。ああ、「村!」という響きにキュンとしちゃう。きっと「村!」にはこどもたちが一日中駆けまわって遊べる山があり、川があり、生きものがたくさんいて、「田舎のおばあちゃんち」があって……畑をつくって、釣りをして、星を見て……いいぞ、田舎のおばあちゃんはいないけれど、そんな家での暮らしはできそうだぞ……タイトな物件探しでげっそり失われつつあった田舎暮らし妄想が、久々にむくむく湧いてきます。

 ロードサイドに店がなくなり、次第に田園風景へと移りゆく様に、わたしたちは心を奪われました。山あいの平野部に広がる田畑は「村!」という響きにぴったり。まるでジブリの映画のワンシーンのように美しくひなびた風景で、気分は次第に上がっていきます。

「うわぁ……時代が違うみたい。ここが東京の隣の県って驚くねえ」
「本当に。三芳村って有機農法で有名なところらしいね。あ、花卉のビニールハウスもある」

 これまで見てきた物件はどちらかと言うと辺鄙な場所の雑種地ばかりだったので、農地としてまっとうに「働いている土地」というのがなんだか立派に見えます。農業をナリワイとしている人々が守っている土地。憧れのような、畏れのような気持ちを抱きながら車窓を眺め続けました。

「平久里川」という細い河川に沿った県道を行き、ほどなくその川をひょいと渡り、車二台はちょっとした山あい(ほんとうにちょっとした山です)の小さな集落の中に入っていきました。青々と光る田んぼの間を縫って、右に曲がり、左に曲がり、もうどこに向かって進んでいるのやら方向がまったくわからないというほど奥まで続く農道をのぼりつめていくと、行き止まりに雨戸の閉じた人家が一軒、建っていました。不動産屋さんの赤い車は、その家の前にすっと停まりました。