卒業式の定番
桜の情景を心象風景に重ね…

 森山直太朗「さくら(独唱)」は今や、卒業式のスタンダードとなっています。

 “さくら”という標題が、春そのものです。そして、春は希望の季節です。

 実は、桜は古今東西の日本文学の中で、様々な意味合いを込めて語られてきました。古くは、奈良時代に編まれた日本書紀に宴会の杯に浮かんだ桜の花弁が描かれています。それ以降、この国の春を描いてきた訳です。

 いずれ散り行くが故に今この瞬間の美しさが一層を強く感じられるわけで、そこに『もののあはれ』が宿ります。坂口安吾は、そんな桜の持つ明るく妖しい狂気を嗅ぎ取りました。かつて、ネットも携帯もない頃、大学入試の成功を地方の受験生に伝える電報文は『さくらさく』でした。

 そして、森山直太朗は、桜を通じて卒業を描きます。

 時代は変わっても、学生時代の蒼く甘酸っぱい感じは不変です。学園生活には、厳しい現実や外界から隔離され、守られていることから、ほぼ完璧な心地良さがあります。同時に、新たな刺激を外界に求める欲望もあります。誰もが永遠に学生のままでいられることがないことも知っているわけですし。そして、いずれは外に出て行かなければなりません。未だ見ぬ新しい世界への憧れと期待と自信の背後に、言い知れぬ不安がつきまとっています。

 そんな卒業の心境を綴る歌詞は、冒頭から友との再会を誓う場面です。もちろん、再会は桜並木の上です。その友は、どんなに辛く苦しい時でも微笑みを絶やさず、勇気をくれたのです。

 そして時には、そんな友に対する嫉妬が全くなかったわけでもありません。それほど素晴らしい友だったのです。無二の友です。

 しかし、別離の時はやって来ます。しかし、それは永遠の別れではありません。だって、次に会う時には、お互いもっと大きくなっているはずですから。

 そんな心象風景に桜の情景を重ねます。