“美は乱調にあり”という言葉があります。確かに、名を成す人は、超個性的で常識の枠に収まりきれない人物が少なくありません。音楽の世界も同様で、信じ難い伝説的なエピソードも少なくありません。
それなら、品行方正な謹厳実直の諸子はどうすれば良いのか?という声が聞こえてきそうです。他人から見れば、面白みにかける優等生にも葛藤はあるし悩みもあります。あるいは、優等生になるまでの間には、胸のわくわくするような出来事もあるでしょう。
と、いうわけで、今週の音盤は、オスカー・ピーターソン「プリーズ・リクエスト」(写真)です。
最高のジャズ入門書
今週の音盤「プリーズ・リクエスト」は、ジャズの最高の入門書です。但し、入門書だからといって軽く見てはいけません。ここには、ジャズの素晴らしさが凝縮しています。スゥイングするリズム。ジャズ的な味付けで甦る名旋律。原曲が解体され再生される即興の妙。適度な刺激と洒脱。古今東西のジャズピアニストの最高峰の技量で奏でられる美音。分かり易さと高度な内容が同居している希有な音盤です。
アルバムの標題「プリーズ・リクエスト」は名邦題です。原題は、“We Get Requests”。ジャケット写真には満面の笑みを浮かべているトリオの面々。その醸し出すオリジナルの雰囲気を見事に反映しています。同時に、ここには、オスカー・ピーターソンの哲学が滲んでいます。
それは“僕らはお客様のために演奏しますよ。何か弾いてほしい曲があれば、是非言ってくださいね”的なものです。これがマイルス・デイビスならば、“俺様が弾きたい曲を弾きたいように演奏するから、しっかり聴いていろ”的なアプローチでしょう。違いは歴然としています。その違いは勿論、音に如実に反映しています。
オスカー・ピーターソンの音楽は聴き易く、かつ大変美しい音色を誇っています。申し分のない流麗なテクニックである分、深みに欠ける印象があるかもしれません。
決して、“新しいサウンドを追求し、未だ誰も聴いたことの無い音楽を生み出すのだ。仮に一般人に理解してもらわなくても結構。”というような野心と気迫で音楽に対峙している訳ではありません。むしろ、非常に謙虚で優等生的。自分の音楽を聴いてくれる人が楽しめるように、自分の持っている最高の技量で音楽を届けているかのようです。それも、ジャズの一つの生き方です。