水素を吸蔵させると合金ができた!
──その固溶型と、北川先生の元素間融合とはどういう関係があるのですか?
北川 岡田先生のプロジェクトでは水素吸蔵合金が主たる研究対象で、僕も面白いと思っていたのです。一部の燃料電池車ではこの水素吸蔵の原理が使われています。まず、パラジウムは水素吸蔵物質として古くから知られており、水素をよく吸います。けれども、パラジウムが水素を吸ってパラジウムの中に溜めるのは水素原子であって、水素が分子状態のままでは吸ってくれません。ですから、パラジウムに吸蔵させる前に、水素分子の共有結合を切って2つの水素原子にしておく必要があります。分子の結合を切るには結構大きなエネルギーが必要になりますが、この分子の結合を切るのを得意としているのが、パラジウムもそうですが、水素分子に対してより高い触媒活性を有する白金なんです。そこでパラジウムの周りに白金を薄くつけてやることで、外側の白金が水素分子の結合を叩き切ります。水素は白金を通り抜けられるので、透過してきた水素原子をパラジウムが吸蔵するということを思いついたのです。
水素分子のつながりを白金で切って、パラジウムで吸蔵する
中山 外側の白金で水素を通せるように処理して、内側のパラジウムで本来の水素貯蔵をさせるということですね。出口、つまり応用はこの段階では何か考えられていたんですか?
北川 応用価値なんて全然なかったんですよ(笑)。この2つの元素を使うと、重いし、値段は高いし。燃料電池車にはこれでは積めません。しかし、基礎研究としては興味深く、水素吸蔵スピードが上昇するのでは?と思っていたのです。
ところが……です。ここで思いもしない事態が起こったんですよ。水素を吸蔵させて、その水素を放出させ、また吸蔵させ、放出させ……と何回か繰り返していたら、なぜかパラジウムと白金とが混ざってしまったのです。これはエラいことです。本当に混ざっていることを確かめた時に、「そういえば岡田先生が、水素を出し入れしていると、いろいろな金属が混ざって合金になると言っていたなぁ」と思い出したのです。教科書には「絶対に混ざらない」と書いてありますから、金属の専門家はこんな実験はしないかもしれません。僕も混ざることを期待してやっていたわけではない。
中山 水素はどのくらい吸ったんですか。通常のパラジウムと同じ程度ですか?
北川 多いんですよ。僕も、もしかするとたくさんの水素を吸ってくれるかもしれないぞと思って調べてみると、吸って吐いて、吸って吐いての操作を繰り返すごとに水素を吸う量がどんどん増えていくのです。最初は何かの間違いかと思っていたんですが、電子顕微鏡で調べたり、兵庫県にあるSPring-8(スプリングエイト)という放射光装置でいろいろ解析していくと、原子レベルでほぼパーフェクトに混ざっていることがわかった。先ほど説明した固溶型ですね。金属学の教科書には「パラジウムと白金とは混ざらない」と書いてありますから、僕自身、最初は目の前の状況を理解できなかったほどです。
トヨタの研究者からお礼を言われる
中山 それを発表したときの衝撃というか、学会からは「間違いだろう」とか「非常識」といった反発もあったのではないですか。
北川 ある学会で、その発表をしました。いま中山さんが危惧されたようなことはありませんでしたが、発表後に思わぬ人が来たんです。トヨタ自動車の人です。「北川先生、ありがとうございます。おかげさまでこれまでずっと疑問に思っていたことが、いまようやく解決しました」と言うんですね。
中山 トヨタの研究者の疑問って、何だったのでしょうか。
北川 自動車の燃料電池の触媒というと、カーボンに白金のナノ粒子をつけていたんです。ところが白金の値段が上がりすぎたため、あまり性能が落ちない程度にパラジウムを少し白金に混ぜて使っていたのです。パラジウムは白金の半値ぐらいですから、使えれば助かります。トヨタの研究者は、白金とパラジウムを使っていたようですが、この2つがくっついている箇所があるわけです。白金とパラジウムの接している粒同士のところに水素が来るわけですが、ずっと使い続けていると、粒同士の界面でどうやら両金属原子が混ざっているように見えた場所があったそうです。けれども、教科書には「パラジウムと白金とは混ざらない」と書いてありますから、なぜだろうとずっと疑問に思っていたわけです。ところが、僕の発表を聴いて疑問が氷解し、「やっぱり混ざっていたんだ!」と。
中山 なるほど。ということは、元素間融合の発端は、意図したものではなかった、ということですか。
北川 まったくの偶然の産物です。棚からボタモチ。期待してやったわけじゃない。金属が専門の人なら、遊びでもやらないでしょうね。ただ、偶然の産物ではあったけれども、これで「混ざらない金属だって、混ざる!」という確信が持てました。