レアメタルと呼ばれ、日本を支える高度技術の要となる希少元素。その機能を、鉄やアルミなどのありふれた元素で置き換え、日本を資源大国へと変貌させる国家的なプロジェクト「元素戦略」が注目を集めている。
その立役者である中山智弘氏(科学技術振興機構 研究開発戦略センター・フェロー/エキスパート)と、「元素戦略」の代表的な研究成果の1つであり、現代の錬金術とも呼ばれる「元素間融合」技術を開発した京都大学・北川宏教授をお迎えし、「元素戦略」の現在を具体的に語ってもらった。(構成:畑中隆)

「元素戦略」は日本独自のプロジェクト

──まず、「元素戦略」を手がけてこられた中山さんに、なぜ元素が問題になるのかというところから教えていただきたいのですが。

中山智弘(なかやま・ともひろ) 1997年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。博士(工学)。民間企業の研究員から2002年に科学技術振興事業団へ。独立行政法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)フェロー、内閣府政策統括官(科学技術政策・イノベーション担当)付、内閣官房国家戦略室政策参与を経て、現在、JST科学技術イノベーション企画推進室参事役、JST・CRDSフェロー/エキスパート、文部科学省元素戦略プロジェクト・プログラムオフィサー。各種の政府委員等も務める。

中山 「高度な部品・材料」の分野で日本は世界トップの力を誇っていますが、そうした「部材」製造に不可欠なのが「レアメタル」やその中の「レアアース(希土類)」です。
 たとえば、トヨタのプリウスには高性能モーターが使われていて、そのモーターには非常に強力なネオジム磁石(日本人の発明)が欠かせません。ところがネオジム磁石は高温に弱いので、ジスプロシウムと呼ばれるレアアースを少し添加してやることで高い熱環境でもモーターを動かすことを可能にしています。他にも、液晶や有機ELなどのディスプレイにはITOと呼ばれる透明電極が必須ですが、これはインジウムというレアメタルが使われています。あまり知られていない分野でいうと、エンジンなどの硬い製品の加工に使われる超硬工具にはレアメタルのタングステンが、レンズなどの鏡面仕上げにはレアアースのセリウムが使われています。
 これらは日本の高度な部品づくりにはなくてはならない道具であり、それらはみな、レアメタルなくしてはつくれません。

──なるほど、高機能で知られる日本の部品・材料を支えていたのは、実はレアメタルだった、というわけですね。

中山 そうです。そこでいま何が起きているかというと、たとえばネオジム磁石の市場が爆発的に拡大してきており、それに伴って不可欠な材料であるジスプロシウムの需要も急拡大しています。ネオジムもレアアースの1つですが、比較的、埋蔵量はあります。けれどもジスプロシウムはネオジムの10分の1しかない。さらに重要なことは、レアアースの多くは中国に偏在しているという点です。実際、日本はジスプロシウムの輸入のほぼ100%を中国に依存しており、尖閣問題などにより、中国は「資源保護・環境保護」を名目にして日本へのレアアースの輸出規制を行なっています。

──そうした状況にどのように対応しようとしているのですか?

中山 このままでいくと、元素危機、つまり産業界にとって必要な元素が日本に入ってこないという事態が起こり、日本の産業は壊滅的な損害を受けてしまいます。それに対して日本はどう対応するのか、というのが「元素戦略」なのです。
 方法としては、第一にジスプロシウムやタングステン、セリウムといったレアメタルの機能を別の元素で「代替」するという考えがあります。鉄や銅のようなありふれた元素で代替できれば、ジスプロシウムなどに依存する必要がなくなります。他にも、使用量を少しでも減らす「減量」、リサイクルで回収する「循環」、さらには「規制」「新機能の創出」といった5つの方法が考えられています。

──「元素戦略」という国家プロジェクトがいくつか同時並行して走っていますが、これはトップダウン思考で出てきたものと考えてよろしいのでしょうか?

中山 いや、そこは誤解されていますね。最初は日本の物質・材料系のトップ研究者40名が集まって、2004年に箱根会議というのを開きました。「元素戦略」はそこで、日本の第一線の科学者たちが議論する中で生まれたものです。当時は役所に「元素戦略」を働きかけても動いてくれませんでしたが、さまざまな動きもあり、2007年からは経済産業省と文部科学省が合同で後押ししてくれるようになりました。中国の規制によりレアアースが不足する危機があった後に「元素戦略」が出てきたと考えられがちですが、実はそれより前に研究者が自らの考えで進めてきたのが「元素戦略」です。

            元素戦略が生まれた箱根会議

 

 いつも日本はアメリカの後追いをする面がありますが、この「元素戦略」では「後追いではない日本独自のコンセプト」を打ち出せたのがよかったと思っています。自らの意志で進めてきたからこそ、他の国に先んじて化学、物理、金属、セラミクスなどの分野の日本の先生方がいま、一線で大活躍されているのだと思います。本日お話しさせていただく京都大学の北川宏先生も、その一人ですね。