絵本や児童書のビジネスを介在に、多くの家族の“幸せな時間”を創り出し、自らも社員にも家族で食卓を囲める働き方や生活を推奨。しかしその前身は、超長時間労働が当たり前の“モーレツ企業戦士”だった――。孤高さすら感じさせるユニークネスと、多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン。一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る新連載、第2回前編。(企画構成:荒木博行、文:治部れんげ)
面白ければ子どもは
何度でも繰り返し読みたがる、読んでもらいたがる
オフィスに足を踏み入れたとたん、それまでパソコンに向かって仕事をしていた社員が一斉に立ち上がって、あいさつした。
社内は入り口から見て右手がオフィススペース、左手が来客スペースと分かれている。両者を区切る低めの本棚には、絵本や児童書がぎっしり詰まっており、棚の上には、絵本作家の色紙がずらりと並ぶ。ここで働いている、インターンを含めた30名のスタッフは、インターネットを使い、絵本が大好きな親子に向けて「幸せな時間を共有する場」を提供している。
絵本ナビは、その名の通り、0歳から大人までに向けて、絵本を紹介し販売するウェブサイトで、年間利用者数は555万人、読者の投稿数20万件以上、絵本の売り上げは30万冊以上にのぼる。ユーザーの中には女優の紺野美沙子もいて、このオフィスを訪れたことがある。企業としては、絵本サイトの運営に加え、子育てに特化したハウツーサイトを運営する他、ユーザーデータをもとに出版社など企業のマーケティング支援、絵本関連のキャラクターグッズや知育玩具の販売などを行っている。
現在、収益の主軸を担っている絵本ナビのサイトの特徴は、ウェブサイト上で1冊につき1回に限り絵本の「全ページ試し読み」ができること、そして、利用者による絵本紹介が充実していることだ。紹介文は書評というより、絵本を見た時の我が子の反応や、それを見守る親の目線、親子の幸せなエピソード集というほうが似つかわしい。
一見すれば「絵本を紹介して売るウェブサイト」の絵本ナビ。ただし、それだけの機能なら、大手ネット書店と互角に戦うのは難しい。「丸ごと試し読みなどさせてしまっては、むしろ購入意欲が削がれるのでは?」と思われた方もいるかもしれない。けれど、実は絵本ナビが扱っているのは「本」ではなく「幸せな時間」であると、社長の金柿秀幸は説明する。
金柿は社業の傍ら、全国を回って絵本のおはなし会を開いている。もう10年以上続く取り組みで、延べ4000人以上の子どもと話をしてきた。「絵本を読んでいると子どもたちと心が通じ合う。読む前の私は単なる“知らないおじさん”ですが、絵本を読んでいると子ども達が寄ってきてよじ登ったりする。私たちはこういう時間を“幸せな時間”と読んでいるのです」。企業としても、そんな幸せな時間を応援する生活ナビゲーションカンパニーになろうという理念を掲げている。
「絵本を買うだけなら大手ネット書店でいいのですが、私たちがやっているような“幸せの時間の共有”は、大手ネット書店ではできません」