絵本や児童書のビジネスを介在に、多くの家族の“幸せな時間”を創り出し、自らも社員にも家族で食卓を囲める働き方や生活を推奨。しかしその前身は、超長時間労働が当たり前の“モーレツ企業戦士”だった――。孤高さすら感じさせるユニークネスと、多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン。一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る新連載、第2回後編。(企画構成:荒木博行、文:治部れんげ)
年間555万人が利用する絵本サイト、絵本ナビ。「ハードワークだが、子どものためならいつでも休める会社」というビジョンを掲げる。前編では、社長の金柿秀幸が、大企業で出世コースに乗っていたキャリアを捨て、起業に至った経緯を見た。後編では、起業後の歩みを見ていく。
「サッカーの試合で言えば
ロスタイムで2点ビハインド」からの逆転
金柿が大手シンクタンクを辞めたのは2001年。娘の誕生を機に、働き方、生き方を見直したのがきっかけだった。絵本ナビのウェブサイトを始めたのが2002年。現在はインターンを含め30名が、東京都渋谷区代々木にある、洒落たオフィスビルで働き、事業も黒字化している。
独立から今までの12年間を振り返ってみると「4つのステージがあった」と金柿は言う。1つ目のステージは、スタートアップの時期。「これが一番、大変でした」。2つ目は、株主に大手企業が加わり「成長した時期」。3つ目はリーマン・ショックを迎える「谷の時期」、そして4つ目が「黒字化してベンチャー・キャピタルの資金が入り急成長期に入った現在」。これらを順にみていこう。
2001年に都心に本社がある大企業を辞め、金柿は、東京都国立市にある木造アパートにオフィスを構えた。元の勤務先から中央線で50分近く離れた郊外になる。オフィスというより、学生の下宿のような部屋に机を置き、その前に座った金柿は「ものすごくわくわくしていた」という。米国のベンチャーがガレージから始めて成功を収めていたように、木造アパートからのスタートは起業ストーリーとしてカッコイイと感じていた。目の前に見えるのは、都心の夜景から郊外の住宅地と「夢」に変わった。
「きつねどん兵衛を箱で買ってきて、1日2食はそれで凌ぎました。家族とはすき焼きを食べるけれど、1人のときはどん兵衛」。サイト立ち上げ当初について述懐する金柿は実に楽しそうだ。カップヌードルを啜りながら作ったウェブサイトに、「絵本のレビューを載せてみたら、注文が入るようになったんです」。それで、「本の在庫を持っているわけではないので、注文がくるたび、自転車で近所の書店へ行って絵本を買い、それを梱包して注文してくれた方に送っていました」。