日本最大の宝石卸町には、産地のわかる宝石はひとつもなかった――。誰にビジネスプランを話しても「ムリ」と一蹴される状況で、白木夏子氏が取った行動は「小舟をおろす」ことだった。人生の岐路に立ったときに使うべき「小舟作戦」とは?人生の舵を自分できるための連載第三回。

「そんなの常識じゃないか」に負けない

 鉱山でアクションを起こそうと決めたとき、まずは「産地のわかる石」を探してみようと御徒町にある宝石問屋街にある店をひとりですべて回ってみました。御徒町は宝石業に従事しているパキスタン・インド・スリランカなど、いろいろな国の人が交わって独特な雰囲気を醸し出す、東京・上野にほど近い町です。

 その中を、産地がわかる石を求めて一軒一軒、すべてのお店に聞いていきました。最初は「せめて一軒くらいは採掘された鉱山を把握している店もあるだろう」と思っていましたが、私の甘い考えはばっさりと切り捨てられました。

「どの鉱山、またはどの国から来ているかわかる石はありますか?」
 そう聞くと、必ずきょとんとした顔をされるのです。
「分からないよ、そんなのわかるはずがない」
「どうしてですか?」
「なぜって……そういうものだからだよ。鉱山がわからないのは、常識じゃないか」

 結局、すべての問屋で一蹴されてしまったのです。そして、
「鉱山のわかる宝石をさがすなんて無理なんだから、早いうちに諦めた方がいい」
 と優しくアドバイスもされる始末。

 また、HASUNAのビジョンやビジネスモデルを相談したときには「素人がジュエリー業界に個人で入るなんて、絶対に無理」と何度言われたかわかりません。実際、ダイヤモンドはユダヤ人のネットワークの中で売買されているので、そこに新規で入るのは難しいとされていました。金融やダイヤモンドは昔からユダヤ人が握っているから、とくに日本人は入る隙間がない、と。

 確かに、ダイヤモンドに関してアドバイスをくださっている業界に精通されている方でさえ、ユダヤ人のネットワークについてはまったく把握できない、とおっしゃっていました。世界中にいるユダヤ人たちは大きなネットワークを持っていて、採掘されたダイヤモンドがどこで高く売れる、というような、彼らだけが持つ特殊な情報網があるとも言われています。

 それならばネットワークに入らずして買い付ける方法を探すしかない。そう思ったのですが、その構想を誰に話してもまったく相手にされません。

「辞めろ、マフィアとつながっている可能性もある。危険なことをするな」
「悪いダイヤをあなたにつかませることなんて、赤子の手をひねるよりも簡単だ」

 それはそうだな、と思いました。けれど、誰もしていないのならなおさら、やってみなければわかりません。「みんなやらずに無理といっているだけだから、やってダメだったらそのとき諦めよう。最初から誰にでもできることをやってもしかたがないし、やれば道はひらけてくるだろう」と半ば楽観的に行動を起こしてみました。

 すると、ちょっと踏み込んで情報を集め、コンタクトをとって、実際に行動を起こしてしまえば、思ったよりも簡単にHASUNAのビジネスモデルをつくることができたのです。現にユダヤ人のネットワークに入らなくても素材は調達できていますし、クオリティも確かなものを手にする事ができています。もちろん、今のところ命の危険を感じたことはまったくありません。

 意見をくれる人はたいてい、悪意ではなく善意で言ってくれています。本当に「正しい」と思っているから、心配もしてくれる。その気持ちはとてもありがたいし、気にしてくれることは嬉しいことです。
 けれど、その人の「常識」が、あなたが自分の人生を生きることの妨げになることがある、ということはこうした経験から強く学びました。