アメニティ社長 山戸里志(撮影:住友一俊) |
東京都渋谷区役所前にある公衆トイレに今年5月、「区役所前トイレ診断士の厠堂(かわやどう)」という白地の看板がお目見えした。渋谷区の公衆トイレの命名権(ネーミングライツ)を購入したのが、横浜市神奈川区のアメニティ。「トイレ診断士」と称するトイレ点検のプロ集団を全国に抱え、ビルや施設のトイレを清潔に保つサービスを提供する珍しい会社だ。
契約は年間10万円で3年間だが、その公衆トイレは、代々木公園のそばにあり、夜はホームレスの寝床にもなる。汚い、くさい、暗い、怖いという「4K」の典型的な場所。それでも、アメニティ社長の山戸里志は、トイレの清掃と修繕を行ない、診断士による週3回のパトロールを実施、ホームレスの顔も覚えたほど。「いちばん難しいところに挑戦する。ここが公衆トイレなのかと驚かせたい」と話す。
夜の銀座で学び客のニーズくみ取りトイレ診断士を創設
66歳の山戸がトイレに関心を持ったのは、30代を迎えた頃だった。工業高校卒業後、工場勤務を経て、百科事典のセールスマンとして腕を磨き、1973年、日本経営センター(東京都)に入社。営業のノウハウを生かし、カラーテレビや電子レンジといった家電の販売方法を、講師として販売店に指導していた。4~5人の小さな会社だったが、収入は十分。だが、体を壊せばそれでおしまいの不安定な仕事でもあった。
そんなとき、当時の会社社長と飲み歩いた銀座の高級クラブで山戸は気づく。「お姉ちゃんはきれいなのに、トイレはくさいじゃないか」。におい消しに使われていたナフタリンが鼻についた。そこで、15分に1度、自動噴射する芳香剤を輸入して販売。月1回、定期的に交換する商売を始めた。昼は講師で、夜は芳香剤を売り歩く日々が続く。すると、銀座や六本木、渋谷などの飲食店を中心に取引先は800店ほどに広がっていった。山戸は言う。「苦労? そんなものはない。売るのが楽しかった」。