一部自治体では、すでに、親族への扶養(仕送り)の実質的強制が行われている。現在であれば、福祉事務所に扶養を求められた親族は、相当の経済的余裕があるのでなければ「できないので、しません」と答えればよい。「実は多額の資産があって」「実は見た目よりも非常に裕福で」ということであれば、福祉事務所が家裁に審判を申し立て、扶養が命令されるだけである。であれば、一部自治体で既に実施されている扶養の実質的強制は、いったい何なのであろうか? 政府の目指すところは「司法を経由するというステップを踏まずに、扶養を強制できるようにしたい」ということなのだろうか? そのために、可能な地域から既成事実を作る試みがなされているのだろうか? 「下衆の勘ぐり」と言われようが、危惧しないわけにはいかない。

 しかし、現在のところ政府は、「(筆者注:改正生活保護法の成立にあたっての)国会での政府答弁等において説明しているとおり」、そのような一部自治体の動きに対して、表向きは「親族に対する扶養を一律に強制するのは不適切」という判断を示す程度のことはせざるを得ない状況にある。田村厚労相も、大阪市で扶養の実質的強制が行われている件について

「画一的な対応はしないということでございまして、先ほど来、ちゃんと適用するときには慎重に慎重を期して対応していただくように我々としては助言をさせていただいております」

 と述べている(2014年3月20日、参議院予算委員会における、共産党・辰巳孝太郎議員の質疑に対する答弁)。

 さらに厚労省の考え方を読んでみると、

「これまでの政府答弁を改めることを意図しているものではありません」

「国民の皆様に無用な心配、混乱を生じさせることのないよう、国会審議での政府答弁に合わせた規定ぶりに修正することといたしました」

 とある。

「暴走」と言いたくもなる政府の動きは、国会で行われた数多くの質疑と政府答弁を根拠として、辛うじて食い止められているのだ。

「議会民主主義」という最後の砦

 現在のところ、危惧や懸念を国会議員が「国会での質疑」という形で政府にぶつけることはできる。野党の質疑は、政治的に大きな力とはなれない。結果として危惧や懸念を強化する法案が成立することを妨げるほどの力にはなれない。しかし、政府のホンネがどのようなものであろうとも、国会答弁で「基本的人権の尊重をやめます」「社会的弱者を、さらに困難な状況に陥らせます」と政府側が堂々と主張するわけにはいかないのである。