挑戦する価値ある目標

「そうだね。そのとおりだと思う。設備だけじゃない。人についても同じことがいえる。2年後に閉鎖する可能性の高い会社に、新たに人を雇い入れるなんていうことは罪悪だよ」
「そうですね」

「うん。藤村君。僕も引き受けて社長をやるかぎり、初めからつぶす前提はとらない。黒字にして、あの会社でみんなが安心して食っていけるように努力する。精一杯努力したがだめだったときにバツになるのであって、あくまでもねらうのはマルだよ」
「そう思います」

「そこで問題を整理すると、現有設備、現有人員によって、あの万年赤字会社をどうやって黒字にするか。しかも2年、できれば1年以内で、というのがわれわれの目標ということになる」
「そうです。そのとおりですが、非常にむずかしいですね」
「うん、むずかしいだろうが、挑戦する価値のある目標だ。頑張ってみよう。よろしく頼むよ」
「はい、頑張ります。ところで、一つ気になることがあるのですが……」

「何ですか」
「通勤のことなんですが、私は丸の内の本社に通うのより近くなって助かるのですが、沢井さんは太宝工業へ通うとなると、かなり時間がかかるのではないですか」
「うん、中央線で新宿まで30分、新宿から小田急に乗り換えて約50分、乗り換えの待ち時間と駅まで歩く時間を考えると、どうも2時間では無理らしい」
「そうですね、2時間20分から30分はかかると思います。往復で5時間ですよ」
「家内も心配しているし、息子のやつは大学3年でやがてわが身だから、『企業残酷物語だね。俺はサラリーマンになるのやめるかな』なんて言っているよ」
「そうでしょう。どこかに部屋でも借りますか」
「いや、これから考えてみるけど、とりあえずは自宅から通ってみようと思う」
「沢井さんが身体を悪くされたら大変ですから、よく考えてみてください」
「うん、ありがとう。必要になったらお願いするよ」
「はい、いつでも……」