建物も機械もボロボロ…
しかし設備投資の金はない

「ところで、秋川専務からは、私は太宝工業の取締役総務部長で、沢井社長をよく補佐するようにと言われただけで、あとは沢井さんから話を聞くようにとの話でしたが」
「そうですか。それじゃ私が社長から受けた話をお話ししておこう。君には私の片腕として頑張ってもらわなければならないんだから。しかし、言うまでもないことだけど、今日、ここでの話は極秘だよ」
「はい、心得てます」

 沢井は、三日前の社長とのやりとりを話した。その長い話を藤村は熱心に聞いていた。沢井が話し終えたあと、藤村は二、三の質問をしてから、次のような話になった。

「沢井さんが2年間と言ってくれたので多少救われますが、それでもきつい話ですね」
「うん、しかも1年後にはある程度の見とおしを立てなければならない。あの赤字会社がそれまでに黒字に向かって変化を起こし始めるなんてことになるかどうか」

「初めからこんな言い方はどうかと思いますが、正直なところかなり悲観的ですね。今まで太宝工業へ行った歴代の社長だって一所懸命に頑張ってきたはずですよ。そういう人たちにできなかったことを、沢井さんと私が頑張ってみても、そう簡単に黒字になるはずがないと思いますが」
「うん、それは、まあ、そうだが」

「今の社長とのお話をうかがってすぐ思ったのですが、1年か2年先につぶす公算が大きいとすれば、新たな設備投資はできませんね。私はある用事があって、この3月に太宝工業へ行ってきましたが、ひどいもんですよ、工場も事務所も。建物も機械設備も老朽化してガタガタです。新しい機械を入れただけで生産性も上がると思うのですが、おそらく億単位、それも二ケタの億単位の金がかかるでしょう。そんな投資は本社の経理部が認めるはずがありません」

「ははは……。経理部の次長さんが言うんだから間違いないね」
「いやあ、すみません。しかし、本当ですよ。だから社長が2年後には結論を出せというのは、補修費のような小さな支出は別として、新たな設備投資をしてはいけない。つまり現有設備で勝負しろということになると思います」

 沢井は大きくうなずいた。藤村は、比較的口数の少ない人物と理解していたが、意外によくしゃべる。内示を受けて、かなり興奮しているのだろう。