世界的な企業GE(ゼネラル・エレクトリック)のリーダーシッププログラムに28歳で日本人として初めて選出され、30代で取締役に就任。以来、人事のスペシャリストとして、AIU、マイクロソフトなど外資系企業の戦略的人事の中枢で活躍され、現在グラクソ・スミスクラインで取締役人財本部長を務められている四方ゆかり氏。その経験から、グローバル社会に生きる子どもたちに備えたい力について伺った。

人事の仕事に携わって25年、発見と学びが尽きない世界

 会社や業界は変わっていますが、人事の仕事に携わってかれこれ25年になります。一口に人事と言っても、その仕事の内容は多岐に渡り、説明するのは難しいのですが、簡単に言うと大きく二つに分かれます。

 一つは、給与・税金・教育など入社してから退社するまで様々な社員向けのサービスを行う仕事です。

 もう一つが、戦略的人事です。例えば、新規事業を展開するというような経営戦略が立てられたとしたら、その戦略を実行するための人材をどこから持ってくるのかというようなことを考える訳です。現在は、人事の仕事としては、後者の役割が重要視されています。戦略的人事は経営の根幹をなすものであると同時に、そこにどれだけ付加価値をつけられるかが、ある意味腕の見せ所でもある訳です。私もそういう分野で仕事をしてきました。

 しかし、最初からその仕事に就いた訳ではありません。社会人になった当初は、GEの医療機器事業部のマーケティング部門にいました。その頃は、目の前にある仕事をとにかく一生懸命やっていただけでしたが、3、4年経って、この仕事をずっと続けていくかどうか迷いも出てきました。そこで、周囲の先輩やメンター的な存在の方に、この先のキャリアについて相談し、自分には何が向いているかを伺ったところ、ある方から「人事が向いているのでは」という言葉をいただいたのです。

 ちょうどその頃人事部の新しいポジションの社内公募があり、新しい仕事なら私にもできるかもしれないと思い手を挙げたところ、異動になりました。それが人事としてのキャリアのスタートです。人事の世界というのはとても奥が深く、やってもやっても新しい発見や、学ぶべきことがあります。自分の興味も尽きないですし、やりがいを感じながら仕事をしているうちに、25年が経ちました。

 そのキャリアを通して心がけてきたことは、三つあります。

 まず、常に組織の責任者であるという意識を持つようにしてきたということです。たとえ組織の一番下の一担当者であっても、経営者目線のビッグピクチャーで捉え、自分が経営者ならどうするか考えると、自ずと、自分の責任の範囲で何をすべきかが見えてきます。その上で、二つ目として、その仕事に自分の付加価値をつけることを心がけてきました。

 三つ目が、誠実であること。社会人としては当たり前のことですが、特に人事においては、だれに対してもフェアプレイを心がけてきました。個人的にオープンであることはもちろんですが、組織としても仕組みを「見える化」することが大事です。

人生の転機で、自分にとって最も大切なものに気づく

 25年のキャリアの中で大きな転機となったのは、29歳の時。GEの「HR・リーダーシッププログラム」に応募し、世界で20人のうち日本人として初めてメンバーに選ばれたことです。2年間の研修中、特に8ヵ月間のアメリカ本社勤務は、私にとって初めての海外での一人暮らしで、なおかつ仕事をするという中で、多くのことを学ぶ機会になりました。具体的には仕事上では、いわゆるアメリカのファーストクラスと言われる会社の仕事のやり方を目の当たりにでき、その中で人事では何が大事なのかといったことを、プロフェッショナルなレベルで体験することができました。

 一方プライベートでは、夫婦のありがたみを痛感しました。というのも、反対する夫を半ば強引に説得して単身で研修に出たものの、実際離れてみて、我を押し通した自分が、どれだけ自分勝手だったかということに気づいたのです。

 また、見知らぬ者を避ける排他性も体験しました。私の暮らしたミッドウエストは特に白人中心の社会でアジア人がほとんどいないからです。これは、現地で生活してみないとわからないことです。しかし、東京に帰ってみて、知らず知らずのうちに自分も見知らぬ者を敬遠しているかもしれないと気付いたことも大きな経験でした。

 もう一つ転機になったのは、9.11NYテロの時に現地に居合わせ、あまりに激変したマンハッタンを目の当たりにしたことです。東北の震災体験も同じかもしれませんが、経済中心の繁栄のもろさを実感し、自分の人生の中で何が大切で、何が大切ではないかを改めて考えるきっかけになりました。以来、本当にやりたいことを後回しにしないでやろうと決意したのです。