最初の出会い~ハノーヴァー

 まず、レメーニとブラームスは、3つの小都市で演奏会を開きました。特筆すべきは、ツェレでの演奏会で、会場のピアノの調律が著しく低かったとき、ブラームスは即興的に半音上を弾いて窮状を救い、ピアニストとしての底力を示しています。

 そして5月下旬、ハノーヴァーに到着。そこではレメーニの旧友ヨーゼフ・ヨアヒムとの出会いがありました。後にヨーロッパ中に名を知られる名ヴァイオリニストとなるヨアヒムですが、この時点では地元ハノーヴァーの宮廷楽団のコンサートマスターでした。

 ヨアヒムは若き無名のピアノ伴奏者兼作曲家ブラームスの作品を聴き、友人への手紙で『ダイヤモンドのように純粋で雪のように柔らかい』と述べるほどの感銘を受けます。この時、演奏したのが「ピアノ・ソナタ第1番ハ長調」。『まったく予期せぬ独創性と力をもって弾いて聴かせてくれた』と回想しています。

 世界がブラームスを発見していない時に、ヨアヒムはブラームスの才能に気がついたのです。ブラームスもまた、ヨアヒムのヴァイオリニストとしての力量に感服しました。ヨアヒムは二つ年下のブラームスに対し、「何か困った事があればいつでも力になる」と申し出ました。

 そしてヨアヒムは、地元の楽壇に持つ影響力を行使し、レメーニとブラームスの演奏会を計画します。二人は旅の最初の訪問地で訪れた機会に興奮しました。

 しかし結局、演奏会が実現することはありませんでした。ハノーヴァーには、二月革命の後に流れる保守的な空気が満ち、レメーニが革命に参画したことが仇となったのでした。

 ヨアヒムは演奏会が中止になったことに心を痛め、才能溢れる若い二人の力になりたいと、ドイツ音楽界の雄に二人を紹介します。その人物がフランツ・リストです。

 リストの音楽はドイツ・ロマン派の真髄で、古典派的な形式を打破する美しい旋律と新しい和声が横溢していて“新ドイツ派”と称されています。そのピアノ演奏は超絶技巧で華麗そのもの、公演会は常にプレミアムがつくほどの人気で燦然と輝く存在でした。紹介がなければ簡単に会うこともできないリストとの面会によって、飛躍のチャンスが巡ってくるはずだと、再び二人の期待が湧いてきます。

 そうして二人はハノーヴァーを後にし、リストのいるワイマールに向けて旅立つのです。