デジタル放送の複製についての新ルール「ダビング10」が7月4日から始まった。家電メーカーと著作権団体の主張が真っ向から対立するなか、著作権団体の譲歩によって、ようやく解決となった。だが、著作権団体が主張する「補償金問題」の議論は先送りされた。コンテンツ制作者の多くはすでに苦境に陥っている。補償金問題の行方次第では、コンテンツ産業はさらに衰退するだろう。(文/岸 博幸 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)
家電メーカー、著作権団体、複数の関係省庁を巻き込んで議論が紛糾した「ダビング10」が、当初の予定から1ヵ月の延期のすえ、7月4日から始まった。
従来、ハードディスクレコーダーに録画したデジタル放送番組をDVDに複製できるのは1回のみだったが、今後は10回までの複製が可能となる(上図を参照)。
すでにコンテンツ産業は衰退傾向にある。たとえば、音楽CDの売上額は、1998年の約6000億円をピークに、2007年には約3300億円にまで急減している。
ちなみに、インターネットの普及で台頭した音楽配信の市場規模は2007年で750億円。つまり、音楽CDと音楽配信を合わせても、音楽市場の規模は約4000億円にすぎず、この9年間で、市場規模は約3分の2にまで縮小してしまったのである。
デジタル技術の向上とインターネットの普及に伴い、作詞家・作曲家をはじめとするコンテンツ制作者は大きな苦境に陥っている。ダビング10の開始によって、この苦境がさらに厳しくなるのではないだろうか。
人口減少と少子高齢化が進み、日本の経済力はすでにピークを過ぎている。その日本が今後も世界でステータスを維持していくためには、ソフトパワーの強化は必須の課題だ。実際、政府は“コンテンツ大国の実現”を標榜し、経済界もそれに賛同している。であるならば、ダビング10の議論における関係省庁や家電メーカーの対応は、あまりにお粗末と言わざるをえない。
オリンピック商戦に向け
補償金問題は棚上げに
ダビング10は総務省の情報通信審議会の検討委員会で固まったルールだが、一方、文化庁の文化審議会小委員会では私的録音録画補償金(以下、補償金)の対象の追加が検討されていた。
この補償金は1992年に設けられたもので、その背景には、デジタル技術の普及によって、オリジナルと同品質の複製が可能となったことがある。
複製品の増加はコンテンツ制作者の所得機会を減少させることから、その補填を行なうことが補償金の目的であった。
現在、補償金の対象となる機器・媒体は右の表のとおりだ。
しかし、2000年以降、対象機器や媒体の追加が行なわれておらず、この数年で急速に普及したiPodなどの携帯音楽プレーヤーやハードディスク内蔵DVD録画機などは対象外である。
そこで文化庁はダビング10の実施に合わせ、携帯音楽プレーヤーなどを補償金の対象に追加する案を提示した。これに対し、家電メーカーは「課金対象が際限なく広がる」などとして猛反発した。