1948年最後の曲「ジャングルブギー」の作詞者は映画監督の黒沢明(1910-98)である。この歌は映画「酔いどれ天使」(東宝、1948)の中で、笠置シヅ子がビッグバンドをバックに歌うシーンで登場する。映画ではワンコーラスも歌っていないが、公開後にレコードが発売された。「酔いどれ天使」の主演は医師役の志村喬(1905-82)だが、準主役の三船敏郎(1920-97)が強烈な印象を与えた。これをきっかけにしてクロサワ映画に欠かせぬ俳優となる。

「ジャングルブギー」(ハ短調、Cm)のリズムはスイングではなくイーブンだ。「ウワーオ、ワオワオ」と喉を振動させてうなる笠置の声で始まる。金管楽器のフラッターという奏法と同じだ。印象としてはブギウギというより、デューク・エリントン(1899-1974)楽団の「キャラヴァン」(1935)のような印象を受けた。東京スカパラダイスオーケストラが原調でカバーしている。

 服部良一は自伝でこんなエピソードを書き残している。

「(略)その歌詞を黒沢氏が自分の意図で書いてきた。彼一流の激しい表現で、なるほど面白い。一例が『月の赤い夜にジャングルで、腰の抜けるような恋をした』『「月の青い夜にジャングルで」、骨のうずくような恋をした』である。/さすがに笠置君も照れて、/『えげつない歌、うたわしよるなァ』/と溜息をついた。/そこで、少しやわらげて『骨のとけるような恋をした』『胸がさける程泣いてみた』で吹き込みをした」(服部良一『ぼくの音楽人生』1993)。

 ほかに地名の付いたご当地ブギウギがいくつかあるが、これらは一転してヨナ抜き長音階・短音階を多用した古賀政男風の歌に仕上げている。1950年の「黒田ブギー」は、福岡市の民謡「黒田節」をテーマにした組曲のような作品で、正調から展開していく構成が面白かった。同年の「買い物ブギ」はアップテンポのスイングで、全編大阪弁によるラップのような歌だ。

 こうして1948年から50年までブギウギ旋風を巻き起こした。米国ではブギからロックンロールがブームとなり、やがてロックが世界に広がっていく。

ジョージ・ガーシュイン(写真=米国議会図書館)

 1949年には映画「青い山脈」の主題歌(作詞・西條八十、歌唱・藤山一郎)を作曲し、この曲も戦後日本の歌謡曲を代表する存在となっている。ヨナ抜き短音階による和風の旋律で、21世紀の現在でも、大半の日本人は暗唱できる歌である。

 服部良一はこのころ、ジョージ・ガーシュイン(1898-1937)のようなシンフォニック・ジャズを作りたい、という長年の願望を実現させていた。1950(昭和25)年3月17日-19日、朝日会館(大阪)。「グランドバレエ・アメリカ」と題された公演である。出演は小牧バレエ団、演奏は関西交響楽団(1960年より大阪フィルハーモニー交響楽団に改称)である。