東京最大手タクシー会社の3代目御曹司。だが、入社した時に会社は1900億円の負債を抱え瀕死の状態にあった。「暗黒の5年」「リハビリの5年」を経て、経営者として大きく成長。攻めに転じ、2年後、海外を狙う。「圧倒的なユニークネス」と「多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン」という一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る連載第5回解説編。解説者は、グロービス経営大学院教授の荒木博行。
※この記事は、GLOBIS.JP掲載「タクシー業界は魅力的? 解説編―日本交通 川鍋社長(バリュークリエイターたちの戦略論)」の転載です。
◆負債1900億円、孤立無援の御曹司がリストラ、タクシー乗務から戦略を知るまで――日本交通 代表取締役社長 川鍋一朗氏(前編)を読む
◆「タクシーは拾うから選ぶ時代に」業界の未来を開くものとは何か?――日本交通 代表取締役社長 川鍋一朗氏(後編)を読む
さて、唐突ではあるが、皆さんは「タクシー業界は魅力的な業界か?」と問われたら、何と答えるだろうか?
市場規模は、ピーク時の1991年からおよそ3分の2程度まで落ち込んでいる。その一方で、タクシー台数自体には大きな変化が無い。つまり、小さくなったパイを奪い合う構図であり、競争は激化する方向に向かうのは必然。規制の変化にも大きく影響を受ける…。
一見すれば、とても「魅力的な業界」とは言いがたいだろう。そこからは、成熟業界において特有の「競争に疲弊した企業」や「リストラに勢いを奪われた企業」の姿が浮かび上がってくる。
しかし、川鍋社長の言葉を聞くと、そのような認識は単なる先入観に過ぎないことに気付かされる。とにかくすべての動きが早い。そして陣痛タクシーに代表されるような新しいサービスや、「全国タクシー配車アプリ」などの多くの施策が、顧客にとって好意的に受け止められている。この数年の日本交通の戦略的な仕掛けは目を見張るものがある。あたかも新進気鋭のベンチャー企業のようだ。そして、何よりも、川鍋社長の話を聞いていると、タクシー業界自体の未来がとても楽しく思えてくる。
そう言う観点で見ると、川鍋社長は、日本交通という会社の変革を遂げ、そしてこれからはタクシー業界そのものにイノベーションを起こしていくのかも知れない、という期待を覚える。
では、そのような古い企業や業界を新しく変えていくための秘訣は果たしてどこにあるのだろうか?
その問いに向き合うために、今回は川鍋社長のインタビューを紐解きながら、「バリュー・クリエイター」としての行動原理を整理していくことにしたい。