イノベーションのジレンマを打破する戦略とは?

 優れた企業は破壊的技術の出現を、どうすれば活用できるのでしょう。クリステンセンは、破壊的技術を自社の勝利に結びつけた企業には、5つの原則があったと述べています(以下『イノベーションのジレンマ』より著者が要約)。

【破壊的イノベーションで成功する原則】
(1)破壊的技術の商品化は、それを必要とする顧客を持つ組織に担当させる
(2)小さな機会や小さな勝利にも前向きになれる小さな組織に任せる
(3)試行錯誤を前提として、失敗を早い段階でわずかな犠牲にとどめる計画を立てる
(4)主流組織のプロセスや価値基準を利用しないように注意する
(5)これまでと違う特徴が評価される新しい市場を見つけるか、開拓する

 破壊的技術は「まだ見えない市場」に向けたプロジェクトのため、既存顧客を視野に入れた価値観の中ではうまく育てられません。そのため、既存顧客の価値観に染まっていないチームをつくり、まだ姿が見えない市場に対して、小さく挑戦し続ける必要があるのです。

 大企業が社内で小さなベンチャーを育て上げるようにクリステンセンのジレンマを打破する戦略を、改めて整理してみましょう。

・違う基準で評価される新技術に目を向ける
・新しい市場へ投入する
・既存客に縛られない組織を意図的につくる

 この3つが揃うとき、新規企業が大手をひっくり返す、破壊的イノベーションが生まれます。古くはソニーのウォークマンがこの構造に当てはまる破壊的イノベーションだったと理解できますし、かつてのベンチャー企業がなぜ新規の商品をヒットさせることができないかの理由もわかります。現在の顧客ばかりを見て、思考が固定されているからです。

 クリステンセンの5原則のうち、(1)(2)(3)はまさに若いベンチャー企業が持つ特質です。彼らは「既存客に縛られる」ことがありません。なにしろそんな顧客がないからこそベン
チャー企業なのですから。

 破壊的イノベーションが示すポイントは、組織が年を重ねるごとに人間のように精神的に老いていく様をイメージさせます。経験と成功が、違う基準での評価を妨げているのですから。世界的に評価される頭脳であるクリステンセンが解明したのは、組織の老化により新たなイノベーションを起こせなくなる病を防止する戦略だったのです。

※この記事は、書籍『戦略の教室』の原稿を一部加筆・修正して掲載しています。


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著者紹介

鈴木博毅(すずき・ひろき)
1972年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒。ビジネス戦略、組織論、マーケテイングコンサルタント。MPS Consulting代表。貿易商社にてカナダ・豪州の資源輸入業務に従事。その後国内コンサルティング会社に勤務し、2001年に独立。戦略論や企業史を分析し、新たなイノベーションのヒントを探ることをライフワークとしている。日本的組織論の名著『失敗の本質』をわかりやすく現代ビジネスマン向けにエッセンス化した『「超」入門 失敗の本質』(ダイヤモンド社)は、戦略とイノベーションの構造を新たな切り口で学べる書籍として14万部を超えるベストセラーとなる。その他の著書に『企業変革 入門』『ガンダムが教えてくれたこと』『シャアに学ぶ逆境に克つ仕事術』(すべて日本実業出版社) 、『空気を変えて思いどおりに人を動かす方法』(マガジンハウス社)などがある。