孫子からクリステンセンまで、3000年に及ぶ古今東西の戦略エッセンスをまとめた書籍『戦略の教室』から、特に有名な10の戦略を紹介する連載。最終回はイノベーション戦略の古典、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』。なぜ、優れた経営者が誤り、大企業がベンチャーに敗れるのか?

なぜ、優れた経営者こそ判断を誤るのか?

ハードディスク業界で繰り返された「奇妙な現象」

 経営者の正しい判断で、企業が倒産を繰り返すと聞いたら、みなさんは驚くでしょうか。ハーバード・ビジネススクールの教授だったクレイトン・クリステンセンの著作『イノベーションのジレンマ』には、正しい判断ゆえに失敗するケースが紹介されています。

 ハードディスクは情報を記録し、読み出す補助記憶装置です。パソコンを日々使われる方はご存じだと思いますが、円盤型の磁気ディスクとして組み込まれています。この部品としてのハードディスクは歴史と共に、二つの進化をしてきています。

(1)同じサイズのまま記憶容量が増大すること
(2)装置のサイズを小さくすること(ただし記憶容量は減る)

 そして、このハードディスク業界に“奇妙な現象”が起こります。では、何が“奇妙な現象”だったのか?

(1)の変更が起きたとき、常に従来の優良企業が優れた技術でリードをしていました。しかし、(2)の変更では、新規参入の企業が大きな成功を収めることになったのです。同じ現象はサイズが縮小するたびに繰り広げられ、いつも優良企業が敗退したのです。なぜ二つの変更は、これほど違った結末を生み出したのでしょうか。

顧客の声に耳を傾けると選択を間違う!

 実は二つの変更は、まるで違う方向性を持っています。(1)の記憶容量の増大は、既存ディスクを購入している顧客には、純粋な性能向上です。ディスク容量が増えれば、機器の利便性が増すからです。

 ところが、(2)のサイズが小さくなることは、既存客にはメリットが一つもありません。自社にはサイズ縮小のニーズはなく、記憶容量の減少は明らかなデメリットだからです。

 顧客ニーズに敏感な経営者が正しく判断すると、(1)に投資を振り向けることになります。(2)のサイズ縮小を選んだ企業は、自社の既存顧客には新商品を売ることができません。サイズの違いを別にすれば、明らかに性能が低いからです。

(2)は、既存客に新たな魅力を提案できる活動ではないため、投資後のマーケットがイメージできません。顧客の声に耳を傾けるなら、この技術には投資できないのです。

 ところが、既存客にメリットがないはずのこの技術が、小さなサイズに価値を見出す新たな業界に販売できたとき、優良企業を粉砕する破壊的な存在に成長してしまうのです。