それまでは決して一般的でなかったものが、あっという間に世界中に広まり、なくてはならないものになる。スマートフォンしかり、SNSしかり、そしてその中心にあるインターネットもしかり。当たり前に近くにありすぎて、なかった頃の生活が思い出せないほどです。これらライフスタイルを変えてしまうようなイノベーションを起こすのは、多くの場合、意外にもその業界のトップ企業ではありません。大企業が既存の商品で巨大なシェアを獲得しているその間に、変革をもたらすイノベーションが萌芽している――。今回紹介するのは、この「イノベーションのジレンマ」を世に知らしめたクレイトン M.クリステンセンによる1冊です。

業界地図が一夜にして書き換わる
「破壊的イノベーション」の発見

クレイトン M.クリステンセン著、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部編訳『C.クリステンセン 経営論」
2013年7月刊行。黒字に白抜きの文字だけのシンプルな装丁。目立つことはわかっていても、なかなか思い切れないデザインですが、このシンプルかつ落ち着いた趣きがクリステンセンの決定版を強調しています。

 本書『C・クリステンセン経営論』は、ハーバード・ビジネス・スクール教授、クレイトン M.クリステンセンの論文集です。本書は2013年7月に出版されたばかりですが、クリステンセンが1995年から2012年に「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌へ発表した全ての論文15本を収録したものです。したがって、本書を読めば、クリステンセンの全体像がわかることになります。

 クリステンセンといえば「イノベーションのジレンマ」ですね。本書の編者による「はじめに」でこう紹介されています。

 すでに古典的名著となったクレイトン・クリステンセン教授のThe Innovator’s Dilemma(邦訳『イノベーションのジレンマ』玉田俊平太監修、伊豆原弓訳、翔泳社)がアメリカで刊行されたのが、一九九七年のことでした。インターネットの勃興期にあり、ITの進歩が企業の競争優位を決定づけると思われた時代に、「高機能製品を開発する企業が、技術で劣る企業の新製品によって、市場トップの座をいとも簡単に奪われてしまう」現象を解明、「破壊的イノベーション」という言葉を世に知らしめました。
 この記念すべき本の基となったのが、二年前の一九九五年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』(HBR)に発表された論文でした。
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 この最初の論文が本書第1章として収録されています。初出の邦題は「ハイテク萌芽市場を制する分岐技術」(『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』1995年7月号)、その後「イノベーションのジレンマ」と改題されて2009年4月号に再録されました。

 論文の原題は“Disruptive Technologies; Catching the Waves”です。Disruptiveは「分岐的」とも「破壊的」とも訳せますから、初期には「分岐」としていたことがわかります。その後、非連続的な破壊として捉えられるようになり、「破壊的イノベーション」の訳語が一般的となりました。

 イノベーションのジレンマの実例は、この20年で枚挙に暇がないほど多数あります。代表例はアップルによるiPodやiPadでしょう。

 これらは技術的な先進性よりも、ビジネスモデルそのものの破壊的イノベーションでした。音の再現性を追求していた世界のオーディオ・音楽業界は、iTuneの出現によって文字通り破壊的な影響を受けました。そしてタブレット型コンピュータのiPadはパソコン市場を根底から変えてしまったのです。