意見の違いや感情を乗り越えて
言論の自由のために共闘

 お互いの共通の敵の一人は東京都知事を失格した猪瀬直樹だろうか。猪瀬を完膚なきまでに批判した櫻井の『権力の道化』(新潮社)にこんな一節がある。

「国民全員に背番号を振って、監視することの出来る住民基本台帳ネットワークが作られたとき、私は反対運動をおこした。監視社会では、自由な言論も主張もいずれ叶わなくなるという危機感を抱いたからだ。言論、表現の自由は万人に保障されるべきだと考え、私は佐高信氏にも共闘を呼びかけた。佐高氏は『噂の眞相』でこれ以上ない程の、と私自身が感じた、罵詈雑言で私を批判した人物である。私は氏の批判を快く思いはしなかったが、人間には情に基づいてのさまざまな見方がある。好悪の感情までは左右出来ず、正否の判断もまた、個々人で異なると考え、抗議はしなかった。そして、佐高氏にも、住基ネット反対で、共に働いてくれるように要請した。言論の自由を含めて、個人の自由の危機の前には、意見や感受性の相違を乗り越えて、自由を護るための協力が重要と考えこそすれ、佐高氏による櫻井批判を封じようとの気持ちなどはなかったのだ。そのような私の想いを、佐高氏は真っ正面から受け止め協力してくれた」

 私と違って、猪瀬が櫻井の批判を抑えようとし、『新潮45』の当時の編集長に電話したことなどはこれ以上触れない。櫻井の著書を参照してほしい。“本物のニセモノ”の猪瀬と比較されても嬉しくないからである。猪瀬が都知事に立候補した時、私は『自分を売る男、猪瀬直樹』(七つ森書館)を緊急出版し、神田の東京堂書店で櫻井とトークショーを行った。

武士道は男だけのものではない
仇敵を惹きつける不思議な魅力

 ところで、櫻井の要請に応えて共闘した様子を私は2002年春に『サンデー毎日』の連載「佐高信の政経外科」でこう書いている。

「拝啓 櫻井よしこ様
 2002年2月23日のビラまきに誘って下さってありがとうございました。1年余り前の日本ペンクラブ主催のシンポジウム以来でしたね。翌24日付の『毎日新聞』には次のように書いてありました。

<ジャーナリストの櫻井よしこさんが代表を務める「国民共通背番号制に反対する会」が23日、東京・銀座で今年8月稼働予定の「住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)」によるプライバシー侵害を訴えた。
 女優の三田佳子さん、俳優の辰巳琢郎さん、評論家の佐高信さん、音楽評論家の湯川れい子さんら約20人も参加。櫻井さんは「(狂牛病対策で)ウシは10ケタで一生を管理されるようになった。人間は11ケタの番号で管理される」と危機感を訴えた。>

「私は番号になりたくない」とも櫻井さんは強調していましたが、参加者のオルガナイザー役だった作曲家の三枝成彰さんはともかく、三田さんは、私が遅れて打ち合わせの場に駆けつけた時、いささかならず驚いていましたね。私も、湯川さん以外はほとんど初対面で、いつも参加する集会とは違うなあと思いました。櫻井さんを含めて、『タレント文化人150人斬り』(毎日新聞社)でバッサリやった中谷彰宏さんまで加わっていたのだから、なおさらです。しかし、櫻井さんが電話で言ったように、その櫻井さんと私が並んで反対することに意義があるのですね。だから私も道行く人たちに、憲法観など正反対で、いわば“仇敵”の2人が一緒に反対しなければならないほど、とんでもない制度なのだと訴えました。(以下略)」