1930年に日本で二番目に設立された伝統と、地元熊本県からの信頼で支持を集める壺溪塾の公式サイト

 地方では、大手予備校が撤退したり、DVDやオンラインの講座が席巻したりする中で、例えば、熊本の「壺溪(こけい)塾」は元気である。伝統と地元からの信頼で成り立っている。ここに行って話を聞くと、県内動向は手に取るように分かる。

 徳島には、国語に特化した「Office MAIKO高校国語専門塾」がある。開設当初から特に宣伝をしなくても評判が評判を呼び、募集に苦労することはない。むしろ高校生だけでなく中学生にも教えてもらえないかと親が問い合わせてくるほどだ。

 塾や予備校はそもそもニッチな存在なのだ。そこを理解すればこうした展開も十分に考えられる。そこに塾や予備校が生き残る道がある。スーパーグローバルハイスクール(SGH)に指定されたところはまだまだアソシエイトを含めても110校だ。「得難い経験」をしたい生徒は日本中にいる。それを手助けするNPOも出てきているが、もう少しこなれて大規模に展開することも可能であろう。

 代ゼミを撤退に追い込んだのも、こうした地元との密着と対応がうまくいかなかったことがあったのかもしれない。結局、中央集権型の図体がでかい大手予備校は、地方展開と言っても旧帝大があるような大都市でしか展開できないのだろう。

 最後に、これだけは書いておきたい。

 塾にしろ、予備校にしろ、それはあくまでも補完教育である。公教育あっての私教育だ。そのことを忘れてはいけない。

 塾や予備校、通信添削といった受験産業は、入学者選抜試験があればそれに対応するサービスを用意するものである。試験が変わればサービスを変えればいい。

 大学が魅力的で輝いていれば、志願者は増える。増えれば競争が起きる。それを手助けするのが塾や予備校である。

 公教育や大学がしっかりしていなければ、持ち味を発揮できないのも塾や予備校である。

 私が河合塾に就職した頃は、「予備校は裏街道である」と言われていた。

 奥島孝康さんが早大の総長選に出る時に、私は勉強会に呼ばれて講師を務めたことがある。その時に受付で「河合塾です」と名乗ったところ、同伴した上司に「おまえ、よく堂々と名乗れるな。予備校は裏街道だぞ」と呆れられた。

 いつからだろう、予備校が表街道を歩くようになったのは。