そこには3つの思いがあったという。1つは、被災地のお役に立ちたいという純粋な思いだ。2つ目は、非常時の場所に飛び込むことが、職員の成長につながるのではとの思いだ。派遣職員が変貌して帰ってくることを期待したのである。3つ目に、派遣職員の給与が国から支給されるので、財政的に助かるという算盤勘定があった。

 だが、宮嶋氏の考えは甘かった。わずか2年間であっても地元を離れるのは嫌だという声ばかりで、応募者は1人しか現れなかった。想定外の結果に愕然とした宮嶋氏は、そこである行動に出た。

 かすみがうら市は58歳での役職停止を実施していた。定年は60歳だが、職員は58歳で管理職を解かれ、部下のいない参事職になることになっていた。それに合わせ、58歳での勧奨退職制度も新設された。退職金を割り増し(300万円から400万円程度)し、さらには62歳まで嘱託職員として再雇用する道も用意していた。宮嶋氏はこうした人事策を採用することで、力のある若手の抜擢などを進めていた。

パワハラのそしりを受けて落選
前市長の復活で逆コースへ?

 宮嶋氏は12月に入ると、翌年(2014年)4月に58歳の役職定年を迎える部長5人に被災地への「出向」を内示した。すると、5人は「親の介護」や「田畑の管理」「寒さ」などを理由に出向を拒否し、翌年3月末での退職を申し出たのである。

 5人の部長以外にも勧奨退職による退職を希望する職員が続出し、結局、25人が定年前に退職してしまったのである。宮嶋氏は「職員いじめ」や「パワハラ」といった批判を浴びるようになった。「まさかバタバタと辞めていくとは思わなかった。地元から動かないのが当然だという、公務員独特の思考の仕方だと思う」と嘆く。

 この派遣騒動が大きなきっかけとなったのは間違いない。行政権益を守りたい勢力が反宮嶋で結集し、好機と見た前市長が活発に動き出した。前回、よもやの苦杯を喫した坪井透氏だ。「失われた4年間に決別!」を掲げ、再度の一騎打ちに挑むことになった。そして、かつての選挙手法を復活させ、接戦を制したのである。

 昔ながらの選挙戦を展開した相手陣営に敗れた宮嶋氏は、「自分なりにやったという充足感はあるが、こういうこと(行財政改革)を誰かが繰り返してやらないと、日本は救われないと思う。役人は自分たちの権益・権限を拡大することしか考えていない。それをコントロールしてブレーキを賭ける人は、必ず悪役になってしまう。選挙民がきちんと考えないと」と、悔しそうに語るのだった。

 一方、坪井透市長は9月1日の記者会見で、「60歳まで役職をつけて仕事してもらう方がよいと思う」と語り、市職員の58歳での役職停止をやめる方針を示したのである。年配の職員らがほっと胸をなでおろしたのは、間違いないだろう。