ITに振り回され、顧客に会わない営業、
現場を忘れた技術者が続出

 以前、IT企業の社長が書いたある本が話題になった。タイトルは、なんと『「IT断食」のすすめ』(日本経済新聞出版社、共著)。ITを売り物にしているはずの人物だけに何とも衝撃的だ。著者はドリーム・アーツの山本孝昭・代表取締役社長。その中で山本社長は、職場で働く人々に深く、静かに進行する「IT中毒(過度なIT依存症)」の弊害を警告している。(※共著者:遠藤功・早稲田大学ビジネススクール教授)

 毎日大量に届くゴミメール、厚化粧されるパワポ資料、コピペばかりで自分の考えがない企画書、やたらと増えた管理システムのための情報入力。自覚症状がなく、これらの作業に振り回されているのがIT中毒の症状だ。

 その結果、PCの前にいる時間が長くなり、顧客に会わない営業担当者や現場を忘れた技術者が続出、企業の成長にとって最も重要な付加価値を生み出すための思考力や創造力が失われているという。

 同書の発行(2011年11月)から約3年経つが、「IT中毒」に侵されている企業はますます増えているようだ。メール処理に午前中を費やす社員、見た目だけキレイな資料づくりに時間をかける営業担当者、自分の頭を働かせていない「コピペ屋」――あなたの職場、あるいはあなた自身に心当たりはないだろうか。

「PCスキル=できるビジネスマン」
は幻想だった

「顧客に会わない営業」はなぜ生まれたのか?<br />IT企業があえて挑む“PC強制撤去”の効果ドリーム・アーツ取締役、吉村厚司・CT企画推進本部長

 なぜ、こうしたITによるマイナス面が見え始めてきたのか。

 そもそもITが職場に入ってきたのは1990年代半ばから。2000年頃には1人1台PCが割り当てられるようになり、全社員がメールアドレスを持つようになった。ペーパーレス化とともにPC、パワーポイント、エクセルの活用が奨励され、ビジネス環境は大きく変化した。

 ドリーム・アーツ取締役、吉村厚司・CT企画推進本部長は当時を次のように振り返る。

「IT化が進めば、仕事の効率は劇的に上がり、より付加価値の高い作業に時間を充てられるようになってビジネスのクオリティが上がる。だから『PCを使いこなせることが、できるビジネスマンの証し』のはずでした。

 でも、それは幻想に過ぎませんでした。ITツールは生産性を向上させるツールではありますが、企業を成長させるための原動力を生み出せるかというとそうではありません。

 むしろ、いつの間にか『IT中毒』が蔓延し、新しいアイデアを考え出す創造力やフットワークは大幅に低下してしまった。ITから離れ、失われた“アナログ力”、つまり“思考力や創造力”を取り戻さなければ企業は成長できないという危機感からあの本の構想が生まれました」