ただ、当時は中選挙区制だった。その後、小選挙区制になって、風頼みのフラフラした政治家しか出てこなくなるが、小泉は派閥の解消を掲げる小選挙区制に反対して、派閥の効用を説き、小選挙区制になると総裁や党首の独裁になると力説していた。

 私もその点では小泉と同意見だったが、小選挙区制になって小泉が総裁になるや、小泉は独裁的になり、刺客選挙などをやったのだから、したたかである。

 座談会では、国会の証人喚問でテレビ中継を静止画像にしていることについて、「本人に任せればいいんだ」と言ったことが記憶に残っている。

 静止画像にしなくていい、と当人が言えば、不自然でない中継が流れる。やましいところがなければ、そうするだろう。それを拒否すると、疑惑は深いと見られる。いやしくも、国民を代表する政治家なのだから、やはり本人の意思を尊重すべきだ、という小泉の意見は新鮮だった。こうすれば、“人権”も尊重される。

自分をなくしてまで
政治家をやる必要があるのか

 小泉とは、その後も何度か同席する機会があったが、西部邁と私がレギュラーのテレビ朝日の『田原総一朗の異議あり!』で、ゲストに小泉が来たとき、始まる前に、楽屋で西部が「オレ、ああいうタイプ、苦手なんだよな」と、ぼやいていて、案の定、番組の中で、「私は抽象論に興味はないんです」と小泉に一蹴されて、ムキになったのがおかしかった。

 名うてのからみ屋の西部をも即座に打ち返すケレンミ味のなさを小泉は持っている。

「郵政省解体」を主張する小泉と、まず、大蔵省(現財務省)の分割からという私とは、官権政治打破の方法にかなりの違いがあったが、しかし、小泉のような政治家の存在は、ある意味で清々しかった。