この最後の一言に周囲はまずいと感じました。Sさんは主任昇格が同期の中でも遅れていました。その理由は仕事をこなすスピード感がないからだと、同僚は何となく知っています。ただ、真実を正面から突きつけられると本人は傷つくもの。Sさんは黙って下を向きました。ただ、支店長は容赦しません。

「どうするんだ。いつまでに計画を完成させるんだ」

 と、トコトン追求します。もはや鬼の支店長が復活してしまった様子。すると、

「来週には完成させます」

 と、Sさんは消え入るような声で回答しました。これが精一杯だったのです。

 こうして発表は次の人へと移っていきました。ただ、Sさんはうつむきながら支店長を睨みつけているようにも見えました。同僚たちにとっては、心配が大きくなる出来事となりました。

 ちなみにSさんは、支店内で唯一の国立大学学院卒。建築学科でしたが、外交的な性格を買われて営業部門に異動になりました。当然ながら設計に関する知識は豊富です。ただ、社内の事務作業が苦手。いつも提出物が期限遅れになって管理部門から注意されてしまうタイプです。そんなSさんの特徴を理解して、前任の支店長はそれなりにSさんを気持ちよくさせながら、仕事をさせていました。

 ときには、

「S君、君の経験から設計事務所との付き合い方を我々にレクチャーしてくれないか」

 と自分の得意分野を披露する機会をつくったりして、Sさんのプライドをくすぐるようにしていたのです。そう、Sさんはプライドが高い人物。そんなタイプに対して現在の支店長は「出世が遅い」ことを安易に示すような方法で傷つく仕打ちをしてしまったのです。果たして、その後はどうなったでしょうか?

 支店長はこれまでの経験から、Sさんが反省して謝ってくると思っていました。さらに、次回の会議では従順な姿勢で望んでくるに違いないと考えていたのです。そして、反省する姿をみたときに、

「いいんだ、気にするな。次から頑張ってくれればいいから」

 と、温かく接して度量の大きさを示すつもりでいました。ところが、予想を大きく覆す状況になりました。支店長はSさんにかかせた恥の大きさに気づいていなかったのです。支店長は、「旅の恥はかき捨て」くらいに思っている人物。自分が若かりし頃には、数多くの恥をかいてきたため、Sさんと感覚に大きなズレがあったのです。