また、実際の図書館業務は有償(時給500円)ボランティアが1日4人態勢で行っている。このうち、図書館司書の資格を持つのは1人(開館当時)で、現在は3人(常駐は1名)に増えている。世にも珍しい住民手づくりの図書館となっている。

 本の寄贈はその後も止まらず、45万2215冊(2014年3月末現在)に上っている。寄贈者も全国各地に及び、その数は約4800人に達している。町は開館後、新たに26万冊収蔵可能な開架書庫をつくり、貸し出し用の本を約7万冊に増加させた。

予算や事業者の知恵に依存せず
創意工夫で創った「自分たちの図書館」

2007年「ライブラリー・オブ・ザ・イヤー」優秀賞に輝いた手作り図書館

 矢祭町は、豊富な予算や民間事業者の知恵や努力に依存せず、全国からの善意と住民らの創意工夫と努力により、自分たちの図書館を創り上げたのである。開館当初、今は亡き斎藤館長は本の寄贈者1人ひとりに礼状のみならず、年賀状や図書館に関する記事のコピーなどをこまめに送っていた。

 また、図書館内に本の寄贈者名を都道府県ごとに記したプレートを設置した。名前を記された人は4281名に上った。矢祭町に本を贈った人の中には、若くして亡くなった我が子の蔵書をその子の名前で送ったというケースもあった。遠方から「矢祭もったいない図書館」を訪ねてきた親御さんが、プレートに刻まれた我が子の名を見つけ、涙するという場面もあった。

 こんな温もりいっぱいの「矢祭もったいない図書館」だが、当初は専門家から厳しい視線が注がれた。図書費をかけないことや専門職の司書を職員として配置していないことなどが、批判の的となった。なかには「こんなでたらめな図書館は図書館として認められない」と、すごい剣幕で言い放った図書館のプロまでいたという。素人集団が寄贈本で図書館をつくることは、自分たちの職場を汚す行為であると受け取ったのだろうか。

 住民の手づくりによる寄贈本図書館は、図書館のプロからは邪道視された。「蔵書構成を司書が差配して最適なコレクションをつくらなければ、図書館の名に値しない」と蔑まれたのである。

 しかし、寄せられた本は45万冊という途方もない数である。図書館分類の全項目に及ぶ書籍がズラリとそろい、児童書や辞典類も豊富だった。「どんなものか」と探りに来たプロたちも驚く充実ぶりだった。

 図書館開設の手法の独自性と実効性などが次第に評価されるようになり、先進的な活動をしている図書館に贈られる「ライブラリー・オブ・ザ・イヤー」の2007年度優秀賞に選ばれた。プロもその価値を認めざるを得なくなったというわけだ。