「まずは、食べてみましょうか」と川口さんが慣れた手つきで流暢に上モノのベニズワイガニをさばいてくれた。差し出された脚の身を食べてみる。拠った絹糸のような身は、やさしい舌触りで、みずみずしくジューシーながらとろけるように甘い。松葉ガ二の身が「マッチョな筋肉質でボリューミー」な感じなのに比べて、ベニズワイガニは「雅でエレガント」な印象。なんというか「レディ」な味わいである。

 多少身をとるのが面倒でも、このシルキーなホグホグ感はたまらない。「きちんと脚の付け根の両側を切って、身の入口と出口を作って、カニの脚先を使えばカニフォークを使わなくても、うまく食べられますよ(笑)」という川口さんの「カニお手前」にならえば、さほど難しいわけではない。むしろワシワシむさぼるよりもベニの美味しさは「無口になって味わいを楽しませてくれ!」 という気持ちになる。

カニの身とカニ味噌のコラボレーション

 そして甲羅の中には、ぎっしりと詰まったたっぷりのカニ味噌! 濃厚でコクのある味わいは、まるで「海のレバーペースト」。旨い! 「松葉ガ二より味噌は美味しいです。甲羅に日本酒を入れて火であぶっても最高ですよ。ベニのほうが、殻も香りが強くて、旨みも出るんです。安い日本酒でも、何杯もイケる味わいになりますから」と川口さん。

 片っ端から身を喰らう。いや、本当に美味しいです。

「美味しいですよねえ」と、ほほ笑む川口さん。

 なおかつカニといえば冬がシーズンというイメージがあるが、じつはベニズワイガニは、7、8月の禁漁期を除けば、通年食べられるという「いつも身近なカニ」でもある。

 地元の方がうらやましいです!!!

 川口さんが寂しそうにひとこと。

「でも地元じゃ『なんだ、ベニか』扱いです」

 え?

「まがいものだと思われているんですよ」

 身入りが少なくて安かろう悪かろう。松葉ガニの代用品。地元の年配者にいたっては「粗悪品」とまで思い込んでいる人もいるという。これには問題がある。地元の人々が「本来のベニズワイガニ」の味が楽しめているかというと、どうやらそうではないらしい。

美味しいのに「不遇なカニ」

 これほどまでに美味しい「ベニ」。しかし、その味わいをベストな状態で楽しむためには数々の問題があった。

 冒頭で述べたように、ベニズワイガニは鮮度落ちが早い。ベニズワイガニは松葉ガニより深海に住む。松葉ガ二が生息するのは、水深200~400メートル付近だが、ベニズワイガニは800~2500メートル。とんでもなく深いところにいるのだ。海面との温度差が大きいため、松葉ガニよりも死んだあとに体内の酵素で自分の身を分解してしまう「自己消化」が早い。ようは傷みやすいのだ。