実は、日本中が夕張ショックに見舞われる6年も前に、別の自治体がすでに財政破綻していた。夕張市のような全国的な知名度をもつ自治体ではなく、どこにでもあるような地味な小規模自治体であったため、大きな話題となることはなかった。その破綻自治体というのが、福島県泉崎村だった。

バブル経済崩壊時に拡大路線を
崖っぷちに追い込まれた泉崎村

東北の下條村を目指し、役場改革を進める久保木正大・泉崎村長

 福島県泉崎村は白河市に隣接する小さな農村で、人口6617人(2014年9月1日現在)。福島県南部の一寒村にすぎなかったが、東北新幹線の開業で村を取り巻く環境は大きく変貌した。

 1982年に新白河駅が開設され、新幹線新駅に隣接する泉崎村はバラ色の夢を描くようになった。1991年には東北新幹線の上野駅乗り入れが実現し、村は沸きに沸いた。「我が村が東京への通勤圏内になった」と喜んだのである。

 実際、泉崎村が1984年から造成を始めた住宅用分譲地(430区画)は完売し、その後も村役場に問い合わせの電話が殺到した。当時の村長は剛腕で知られた人物だった。「日本一豊かな村に」を公約に掲げ、イケイケの拡大路線を貫いた。新たな住宅用分譲地や工業団地の造成、さらには大規模公園墓地の造成まで手を目いっぱい広げた。

 しかし、そのときすでにバブル経済は崩壊していた。泉崎村の積極拡大イケイケ路線は完全に裏目に出てしまったのである。進出予定企業が相次いで中止を宣言し、住宅用分譲地もさっぱりとなった。売れたのは180区画のうちわずか12区画だった。

 村は崖っぷちに追い込まれていった。土地の販売代金で造成工事費などを支払うという計画が完全に破綻し、村は約68億円もの負債を抱えてしまった。当時の村の標準財政規模(約24億6700万円)の約2.8倍にあたる途方もない額で、にっちもさっちもいかない状況となった。