もちろん展示は日中戦争だけではない。アメリカへの宣戦布告以降は、ミッドウェーやガダルカナル、テニアンやアッツ島の戦いが、写真や兵士の遺品などと共に説明されている。

男性は「戦争が災害になってしまう」とつぶやいた

 少し先を歩いていた老夫婦(だと思う。正確にはわからないけれど)が、「もうすぐこの展示は消えるんです」と声をかけてきた。
 「そうらしいですね」
 「どちらからですか」
 「東京からです」
 「ここは初めてですか」
 「初めてです。……実は、展示内容が変わることも知りませんでした」

 白髪の男性は静かにうなずきながら、「地元のメディアは多少は報じましたが、全国版ではほとんど話題にされていませんからね」と言った。
 「どのように変わるのでしょうか」
 「加害についての展示は基本的に引き下げる。そう聞いています。私の友人もいくつか当時の資料などを提供したのですが、もうそれらの資料の展示はされなくなるようだと言っていました」
 「加害の展示をやめて何を代わりにするのでしょう」

当時の新聞広告
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 僕のこの質問に、男性は少しだけ視線を宙に漂わせる。「まだはっきりとは決まっていないようですよ」と女性が言う。「大阪空襲など戦争被害の展示をもっと充実して、あとは阪神淡路大震災などの展示を加えるとの情報もありますね」
 「阪神淡路大震災?」
 思わず訊き返す僕に男性は静かにうなずいてから、「……戦争が災害になってしまいます」とつぶやいた。

 加害は記憶しづらい。でも被害はいつまでも忘れない。これは世界共通だ。ただし日本は、その度合いが少し、いやかなり強い。特にここ数年、その傾向は加速している。