ちょうどそんな時期だった。消滅寸前となっていた南牧村の花卉栽培に救世主が現れた。群馬県から、ヒぺリカムという品種の栽培を勧められたのである。オトギリソウの仲間で、極めて珍しい品種だった。

 半信半疑でヒペリカムを栽培してみたところ、これが大正解だった。南牧村の気候や土壌が合ったのか順調に育ち、日本で初めての市場出荷にこぎつけたのである。珍しい品種とあって市場性が高く、南牧村はあっという間にヒぺリカムの産地として知られるようになった。

 このヒペリカムが突破口となった。花卉農家の意識が菊以外にも向くようになり、アジサイやヒメヒマワリ、クジャクアスタ、ワレモコウ、アロニア、ハーブ、リシマキア、南天、菊など、50品種を出荷するまでになった。活気づく花卉農家の姿を見て、「これなら自分にもできる」と新規参入が続き、花卉生産組合メンバーは15人にまで増加したのである。

 石井さんは「最初は私が面倒みていましたが、たくさん来るようになってそれもできなくなりました。それで得意分野を持った人に新しい人を教えてもらうようにしました。教える側に回ると、自分も成長しますし、教えを請われると悪い気はしないものです」と語る。

 花の品種ごとに師匠と弟子のような関係が生まれているという。もっとも、弟子の方が腕を上げて師匠をいつの間にか追い越すというケースも少なくないそうだ。

花の栽培に適しており力仕事もない
高齢者が集まり生き生きと働く村

 南牧村の花卉農家には、いくつかの共通点があるという。1つは、露地栽培を中心としていることだ。初期投資を少なくし、低コストでの栽培に徹しているのである。

 2つめは、高齢になってから組合に加入する人が多いという点だ。年金プラスアルファの収入を得ることを目的としており、仕事を楽しんでいる人が多いという。3つめが、みんな元気で明るいという点だという。