創造力の爆発

 “紫のけむり”(本コラム第99回)でロックミュージックのビッグバンを刻んだジミ・ヘンドリックスは、いよいよその巨大な才能を開花させていきます。

 1968年10月16日に発表されたダブルアルバム「エレクトリック・レディランド」は、LP2枚に収められ、75分47秒の音楽は圧倒的です。

 ここで生み出された音楽は、「百科全書」が喝破したとおり一瞬の産物です。ロックやブルースやフォークは言うに及ばず、ジャズまでも飲み込んだ誰にも似ていない、強靭にして柔軟なヘンドリックス・ミュージックの誕生です。

 ここには、マイルス・デイビスの影響も垣間見えます。

 ジミを評してマイルスは自伝の中で次のように言っています。

 ジミは、独学の、偉大な天性のミュージシャンだった……
 俺が「カインド・オブ・ブルー」やいろんなところでやったことを気に入っていて、自分の音楽にジャズの要素を加えたがってるってことだった…
 それに彼は、俺のトランペットのサウンドにギターのボイシングが聴き取れるとも言った…
 彼は音楽を聴くための天性の耳を持っていた。だから、いろんな異なったやり方を示してやったり、俺やコルトレーンのレコードをかけて何をやっているかを説明してやった。そのうち彼は俺が教えたことを自分のレコードで生かし始めた。すばらしかったな…

「エレクトリック・レディランド」収録の“雨の日に夢去りぬ”には、「マイルス・イン・ザ・スカイ」(写真)収録の“パラフェルナリア”に似た響きを感じることができます。

飛躍=別離?

 しかし、このような音楽的冒険は、ブルースロックを基調に一緒にやってきたエクスペリエンスのメンバーやプロデューサーのチャス・チャンドラーからすれば、とてもついて行けない程の飛躍だったかもしれません。

 僅か1年10ヵ月前にロンドンにやって来た頃は、貧しく無名の音楽青年だったジミ。そんな彼と分ち難く強く結びついていたプロデューサーのチャス、エクスペリエンスのミチとノエルは真の音楽的同志でしたが、瞬く間に音楽の巨人となっていったジミとは、昔のように一緒に音楽をやるのが難しくなっていました。

 一方ジミは、自分の頭の中に鳴っている音楽を実現することに邁進していました。人間的な葛藤に気を遣うようなことはなく、一気呵成に仕上げて行きます。しかし、音楽を創っていく上では、不可避的に生じるビジネスの問題、信頼と嫉妬、エゴ等々があります。

 結局、チャスは「エレクトリック・レディランド」制作の途中で、プロデューサーを辞します。