面積が一挙に倍増したのは、震災後、作付けが復活した12年春。高台の集落にある大内さんの家と農業機材、施設は津波の被災を免れたが、営農再開を断念する農家が地元で相次いだ。

「水田が復旧しても、農業をやめる人が大勢いた。家も機械も流され、犠牲になった人もいる。1台千数百万円のコンバインを買い直せる農家だっていない」「復旧田を休耕にすれば、被災農家の収入はなくなり、農地は荒れる。今は請け負うことが地域を支えることになる」。受託先も震災前の30戸から70戸に増え、作業量は限界を超えた。名取市の宮城県農業実践大学校で学んだ長男竜太さん(26)が家に戻り、親戚に手伝いを頼み、新たな農機具を市の支援の無償リースで借り、2チームをつくって2年を乗り切った。

アベノミクスの恩恵とは
どこの世界の話なのか

「減収は1000万円。赤字だ」。12月初め、袋詰めした新米の山を前に、大内さんは厳しい表情で言った。全農(全国農業協同組合連合会)が9月、農家に前払いする本年産米の概算金(米価)を発表。大内さんの主力銘柄ひとめぼれが8400円(60キロ)で、前年比25%減の大幅下落となり、ササニシキも25.2%減と同様だ。東北の銘柄米はおしなべて過去最低まで暴落した。

「北上川のヨシ腐葉土米」の新米を手に、思い悩む大内さん
Photo by Hideya Terashima

 被災地で作られている岩手産あきたこまちは29.5%減、福島産コシヒカリに至っては浜通り産が37.8%減、中通り産が35.1%減だった。コメの民間在庫数量が222万トン(6月末)というコメ余りが背景にあり、「コメの需要減と過剰在庫、東日本の豊作予想が重なり、一気に価格破壊を招いた形だ」(9月21日の河北新報記事より)。

「5月の田植えのころから、米価の値下がりを予想はしていたが、これほどとは」と大内さんは話す。「小作料のほかに震災前の圃場整備の負担金、機械の消耗分、手伝いの人の手当、上がる一方の燃料代もあり、10アール当たり9俵(540キロ)取れても、純利益が1万円残るかどうか」と覚悟の上で、地域を支える使命感でやってきたという。

 2年前に初めて取材した折、大内さんが語った言葉を思い出した。「津波の後、当時請け負った田んぼは潮とヘドロをかぶり、土地改良区から別の地区の田を借りて1年をしのいだ。新米は旧北上町の仮設住宅全戸に配った。お互いさまで生きて、生かされてきたのだから」。