今月は、山元町立東保育所の津波で亡くなった園児3人のうち、遺族2組が町に計8800万円の損害賠償を求めていた裁判の控訴審でも動きがあった。

 和解協議で遺族の選択が分かれ、和解を受け入れることにした当時2歳の園児の両親と町の間で24日、和解が成立した。和解条項には、園側が心からの哀悼の意を表し、園児らの安全な保育に努める一文が入った。一審判決では遺族側の請求が棄却されており、謝罪や法的責任に触れない町側に優位な条件での和解となった。来年3月にもう一方の遺族に出される判決は、日和幼稚園の和解が何らかの影響を与えるのは間違いない。

 さらに10日には、大川小学校の損害賠償請求の裁判が行われた。亡くなった児童74人のうち、23人の19家族が裁判に参加し、市と県に対して計23億円の賠償を求めている。

 裁判に参加している遺族の一人は、日和幼稚園の和解について、「自分たちにも悪い影響はないと思うが、結局は裁判官次第なので、震災関連死の認定ぶりなどもにらみながら、裁判の方針を決めていくことになると思う」と話している。

子どもたちの未来のために
遺族としてできること

日和幼稚園訴訟「本当に和解でよいかすごく悩んだ」 <br />遺族が語った葛藤と新たな一歩大路正浩学校健康教育課長(右)に要望書を手渡した佐藤美香さんは、「命を真ん中に学校防災を考えてほしい」と要望した(2014年12月12日、文部科学省)
Photo by Yoriko Kato

 日和幼稚園の遺族は12日、弁護士と共に和解調書と要望書を持って文部科学省を訪れた。 

 教育行政に働きかけていくことは、以前から思い描いて準備していた。この日のために、「子どもの安全を考える日和幼稚園遺族有志の会」を作り、それぞれの名前で名刺も印刷した。

「子どもたちの未来のために、よろしくお願いします」

「私たちだからこそできることがあると思っています。その意味で一緒にできることがあると思っています」

 美香さんがそう言って文書を手渡すと、学校健康教育課の大路正浩課長は、

「皆さんの辛いご経験をお聞かせいただきながら、全国的な防災対策の充実に生かしていけるように務めて参りたいと思います」

 と応じた。